小話

□KISS
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ふいに妙に熱い視線が絡んだとき。
ああ、キスしてぇんだな…って気づく。お前も、おれも
そんなとき、こいつは目の端を少し紅くして慌てて俯き、尖らせた唇を焦れったく艶めかせた。ぐわりとおれの中で何かが沸き上がる。こいつが言うには、こういう空気はどーも慣れねぇ、らしい。そういうもんか?よくわからねぇが、俯くと前髪が顔の半分を覆い隠してしまい、瞳が見れなくなるのは惜しく思った。

側に寄り手を近づけるとぴくりとゆらす肩と、後ろに引こうとする頭を掻き寄せ、そのさらさらの丸っこい頭を梳く。現れた右目ともう一度視線が絡むと、一瞬驚いたように目を見開きそしてより一層頬を染めて目線を反らす。比例するように桜色に色づき自然な艶を発する唇は、さっきからおれを煽って仕方がない。知らずため息に似た熱い吐息がもれた。
項の辺りを撫でながら顔を近づけていく。後頭部を抑えられているから逃げられないからキスしてやるんだ、という言い訳を可愛い意地っ張りの天の邪鬼に与えてやる。
唇が触れる一瞬先に、瞼が閉じられる。髪と同じように輝く睫毛を見届けて、おれも瞼を下ろした。

そして感覚に集中する。

下唇を、上唇を、食むようにして味わう。不安になるほど柔らかいそれは、自分たちの境を曖昧にする。微かな煙草の匂いと強烈な甘い香りが鼻を抜けひろがり、身体の芯がきゅうと締め付けられた。
堪え性のない舌がのび、唇を割っていく。頑固な歯列を宥め口内に侵入させると、僅かに水音を立ててふれ合う舌先。苦味と甘味とが混じって小さな衝撃が伝う。この瞬間は何とも形容し難い。毎度心が踊ってしまう。
舌をやわやわと擦り合わせると、段々と自分から絡めてくる。舌先をなぞり裏を舐めほぐし、力が抜け蕩けるように柔らかい舌を唾液と共にかき混ぜる。くちゅりとどちらのものともしない音を発しながら夢中で互いを追うと、脳が酸素を欲してボーっとし始め、合間に漏れる吐息は焼けるように熱くちりちりと舌を焦がした。

ふと目を開くと、目の前の長い睫毛が涙を装い細かく震え一層の輝きを放っていた。微かに開かれた目の奥には何も映されていなかったのが、ふいにおれの目を捉えた。びくりと舌が固くなり、いつの間にか掴まれていたシャツの胸元をさらにぎゅっと握る。意図せず口角が上がってしまうのがわかった。
それに気づいたのか、睨むように視線を寄越しながら舌に歯を立てやがった。ピリッと走った電流に言い様のない愛しさが胸を広がる。お返しに強く舌を吸い上げてやると、思わずきゅっと目を閉じてしまったらしい拍子に涙が一筋こぼれ落ちた。そのまま睨み直してくるもんだから堪らない。こいつの言い分は、キスの最中に目を開けるのは非常識、らしい。
こんなに近くで見ても滑らかな期目細かい肌、上気した頬、潤んだ瞳…どれを取っても、見ないでいられるわけがないというのに。余裕なんてもんはなくて、いつだって必死にならざるを得ない。

舌先で口内を弄びながら、肩に回していた腕を抱き締めるそれへと変えた。透き通るようなのに深く蒼い瞳が悔しげに揺らぐ。ついと目を伏せたかと思うと、シャツを掴んでいた手がゆるゆると下がっていき、ぎこちなく背中へと回された。抱き締める力が自然と強まってしまうのは無理もない。腕の分だけ離れていた距離がさらに縮まり、二人分の鼓動がやかましく呼応する。ついでに、密着したことによって兆しかけているそれにも、互いに気づかされてしまった。もぞもぞと身を捩って引こうとする腰を、髪を弄っていた手を以て押し留めると、それらを押し付けるかたちとなり、硬度はさらに上がった気がしないでもないが…まあ、良い。
体温が混じって一つになる頃には、離れようとするのは諦めたらしい。
自分らの中心で熱く猛るそれらに、おれも関心がないわけでは決してない。当然だ。だが、今はそれ以上に……キスがしたい。くっついていたい。一寸の隙間も作るのが惜しい。
口内を余すことなく舐めつくし呼吸も儘ならない程の熱を以てしても、まだまだ足りない。おれはこんなにキスというものが好きだったかと、些かショックだ。もしこいつがおれの脳内を読み取ったりできたら、キモいキャラじゃねぇやらなんやら……目に浮かぶな。否定はできねぇが、原因は明らかにてめぇなんだからな。

こいつの喉から発せられるとうに抑えられなくなっている音は、おれの喉の奥でくぐもって響き、苦しそうに眉をひそめる面はおれの嗜虐心を煽る。境界がわからない程融け合い思考までもぐしゃぐしゃの最中、てめぇへの感情とてめぇから受ける刺激にはこうも冴えている。鼓膜は互いの鼓動と息遣い、粘着音と時々起こる布擦れ音のみを拾い上げる。ひどく喧しい。



軽いリップ音を響かせて唇が離れた。呼吸音だけがいやにうるさい空間に甘ったるい空気が流れる。こんな空気は背中が痒くて全く御免だってのに、相手がこいつだとこうも心地よい。不足していた酸素が一気に脳内を駆け巡り、窒息しかけていたことを気づかされた。
肩で息をするこいつの唇の端から伝い顎髭に雫を作る唾液を徐に舐めとると、ぽーっとしていた表情に芯が通った。
一瞬の間に百面相をご披露してくれたこいつは、最終的に朱を交えたしかめっ面をおれの肩に埋める。
思わずくくっと喉が鳴ってしまい、肩が震えるのも抑えられなかった。ちらりと目をやると面白い程首まで真っ赤だった。
回されていた手で背中をつねられ、痛ぇよと呟くと緩め…ると思いきやより強くつねられた。おいおい。てめぇ、全く、なんだって…

こいつは一々おれのツボを突きやがる。その度におれは信じてもいない神とやらに、嘲笑の対象でさえあった運命とやらに、感謝してやっても良いとか思ってしまったりする。

少し湿気を帯びてへたっとなったきんきら頭に指を通し存在を愛でるように撫でまわすと、強張っていた身体が弛んでいき背中の痛みも解消された。
相変わらずその頭は肩に埋められたままで、肩を含めた全身に渡る接着面のじんわりとした温もりが愛しくて堪らない。あの瞳が覗けないってのだけは口惜しいが。
髪を弄くりながらそのきんきらに頬擦りをかますと、僅かにぴくりを身体を揺らした。

先程から、おれ達の間で愚息達が焼ける程熱く強く主張しているが、もうしばらく…我慢してくれ

腕の中に大人しく収まってくれている、この貴重な時間がいかんせん離しがたい
ひよひよ頭がぐるぐる考えて、おれから離れようとするまで…いや、離れようとしやがっても離しがたいな…

まあ、後のことは後で考えるとする。
今は全力でこいつを…





おわる?←







―――――
(`・ω・´)つ胃薬

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