Zoro×Sanji

□思春期エデン
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たまにとても、疎外感を感じることが、あって。

別に仲間はずれにされているとかではない。ただ、自分がそう思っているだけなのだ。
キッチンでひとり、昼食後の皿洗いをしているとき。外からそれぞれの楽しそうな声が聞こえたりする。けれど、誰も自分には声を掛けにこないし、ラウンジを見に来てくれたりもしない。そりゃあサンジは仕事をしているのだから、邪魔をしないようにしよう、という善意でみんなそうしているのだろうと思う。けれど、寂しい。
サンジは意外に寂しがりやだった。その上天邪鬼なので、素直に甘えることもできないし構えと言うこともできない、非常に面倒臭い性質であるのは自分でわかっている。けれど、直すことはできない。生まれ持った性質なので仕方ない。
だから、混ざりたいとか構って欲しいなんて思ってねェぞコノヤロー、という、どこぞのトナカイさんのような心境でいたりする。
その他にも。
仕事を終えて、人のいるところに行こうかなぁ、なんてラウンジから出てみても、レディ二人にはもちろん相手にされないし、かといってあまりに幼稚な遊びを繰り広げるおバカ三人組に混ざる気にもなれないし(たまに混ざることもあるが)、鉄串をブオンブオン振り回す筋肉マリモの近くにいたいだなんて思うはずもない。
そうすると、サンジはひとりでいることになる。
実はバラティエでも、周りは大人ばかりだったから相手にされないことの方が多いかったし野郎共の中に混ざりたいともとても思えなかったから、ひとりでいることが多かった。
だから、寂しがりやのくせにやけに一人上手ではある。悲しいことだ。
何かひとりでしようかと思えば、することを思いつかないこともない。レシピを書こうだとか。本を読もうだとか。仕込みをしようだとか。掃除をしようだとか。洗濯をしようだとか。しかし、楽しそうな声が聞こえてくる中、ラウンジにひとりでいるのはどうしても寂しすぎた。
もっとおれは素直だったらよかったかもしれないな、と思うこともある。でも無理だ。
そう、例えば宴の最中でも。
最初のうちは給仕にあっちに行ったりこっちに行ったりと忙しなくて寂しいとは思わないが、給仕を終えてしまうと、中心でアホをやっているいつものお子様組を見て大笑いしつつも、どうしてだか心の中がふと寂しくなる。寂しいなァと思う。
同い年の、気の合う友達が欲しかった。昔。
この船には同い年のやつはいるが、とてもじゃないが『仲良し』になんてなれそうにない。
そして思うのだ。ひとりぼっちだ、と。そんなはずないのにそう思うのだ。決してこの船にいることが楽しくないわけじゃない。寧ろものすごく楽しいし、乗っていてよかったと思うけれど、でも、時たま訪れるこの、どうしようもない寂しさはどうしたらいいのか。
誰か構ってくれないか、と船をうろうろしても。ラウンジで椅子に腰かけて机に突っ伏していてみても。誰も声を掛けにはこない。
例え来たとしても。

「サンジもこいよー!」

と、船長の楽しげな声が聞こえても、一度沈み込んだ気分になると、無視してしまうのだ。
本当にひねくれた性格だと思う。
そうすると船長は目の前の楽しそうなことに気を取られてサンジのことを忘れ、また外から楽しそうな笑い声などが聞こえる中サンジはひとりになる。
寂しい、と思う。
そうすると非常に情けないことに、ちょっと泣けてくる。ブルーだ。思春期ってやつだ、と自分で思ったりする。
でも泣くのもシャクなので、そうだ、楽しくお話とはいかなくても、ケンカくらいできるんじゃねェかと思いついて、マリモのところへ行く。案の定、鉄串を振っている。

「おうおうクソマリモ、そんなに筋肉育ててどうするよ。筋肉マニアかテメェはよ?」
「1234、1235、」
「そんなだから脳ミソの皺まで筋肉になってツルッツルのピッカピカでテメェは方向音痴なんだよ、アーホ」
「1237、1238、」
「ほーう、無視か?都合が悪いと耳ツンボか?」
「1240、1241、」
「・・・・・・・」

あまりに返事がないきれいな無視っぷりなので、コリャア強制的にケンカ突入しかないと考え、ブンと左足で蹴りかかってみる。すると、鉄串で止められて、ひと睨みと共に一言。

「邪魔だ、どっか行け」

いつもなら。
いつもならそれにさえ怒ってもっと蹴りかかる。邪魔とは何だ、と蹴りかかる。
けれどよく考えると、鍛錬中のやつに理由もなく突っかかって、あげく蹴りまでいれようとして、邪魔だと言われるのは当然である。自分はものすごく幼稚なような気がした。
そう思ったら次の蹴りやら憎まれ口やらが出てこなくて、サンジは大人しく引き下がってしまった。その上、さっきよりもっと泣きそうな気分だ。というか、もう涙が出る寸前だ。というわけで「あーそーかよ」と投げやりに言って慌てて背を向け、ラウンジに戻った。もう一度椅子に座って突っ伏した。

「・・・なんだよ」

少しくらい、話くらいしてくれたって。せっかく同い年なのに。
サンジは「同い年」と触れ合ったことが今までなかった。それなので、ゾロに対して実はどう接したらいいのかいまいちわからない。だからいつもケンカになる。自分は不器用だ。
じわり、と視界が滲んだ。情けないことだ。こんなことで泣くだなんて情けないが、思春期ということで許して欲しい。今だけ。
鼻水が出そうになって、鼻を啜った。そのときのズビという情けない音がさらに気分を落ち込ませて、とうとう涙が滲んだ。

「ちくしょー・・・」

白いテーブルクロスにシミができる。ちくちょーちくしょーと何度も心の中で繰り返した。チクショー。
ズビ、ズビ、ぐず、と鼻を何度も啜る。拍子に肩がひくひくと揺れる。腹筋が痙攣する。
サンジは余り泣かないが、一度泣くと簡単に泣き止むことができない。そうすると瞼が腫れぼったくなって真っ赤になって、すぐに泣いていたことがバレる。だから、今泣いたのは後でみんなにバレる、やだなぁ、と思いつつも涙が止まらない。
外からは笑い声、静まり返ったラウンジに自分はひとり。
どうせどうせ、誰もラウンジにはこない。だから泣いたって構わない。そんなやけっぱちな気分で泣いていたら、不意に。

「おい」

ツン、と髪を一房引っ張られた。

「・・・あんだよ」

酒か?エサか?どうせどっちかだろ?と投げやりに涙声で言う。
しかしゾロはそれに答えず、隣に座ったようだ。ドサ、という音がした。
サンジはそれでも突っ伏したまま顔を上げずにいた。というか上げられない。今、涙でぐちゃぐちゃな上鼻水だ。そんな酷すぎる情けないツラは、絶対ゾロになぞ見せたくない。
しかしゾロは立ち去る気配もなかった。

「あんだよ、用がねェならどっか行けよ」

ジャマだ、と言ってやる。どうだ、さっきのおれの気持ちが少しは分ったか、と心の中で思った。するとゾロは何やら唸りながら、バリバリと後頭部を掻いた。それから、ポツリとこんなことを言った。

「・・さっき、悪かった」

ピタリ、とサンジが動きを止める。今、なんつった?

「まさかあんなツラするたァ思わなくて・・・つうか、泣くとは思わなくて・・だな」

ゴニョゴニョと非常にバツが悪そうにそう言う。サンジは突っ伏したまま耳をダンボにしつつずっと耳を疑っていた。マリモのやつがなんだかありえないことを言っている。しかもちょっと反省しているらしい。マリモにはあるまじき行為だ。だってマリモは反省したりしない。藻類だから。水にぷかぷか浮いているだけが常だ。
そして、サンジはマリモが反省しているようだとわかると、妙に意地悪な気持ちになった。

「・・・おれは、少し寂しくて」
「あ、あァ」
「思春期だからな」
「おう・・・」
「でも、レディたちには混ざれねェし、・・・お子様たちに混ざりたいとも思えねェし、でもお前と仲良くお話できるわけもねェから、だから、だからだな、ちょっと、お前とケンカ、とか、してみたら、寂しいのが紛れるかと、思って」
「あァ・・・」
「そしたら、邪魔だって、言う」
「・・・・・」

マリモはため息をついた。
呆れたのかもしれないなぁと思った。そりゃそうだ。こんな女々しいやつだとは、思いもよらなかったのだろう。言わなければよかった、とサンジは思った。そうしたらさらにさらに泣けそうだった。いっそ海にでも飛び込みたい気分だ。
そんな風にブルーどころかもうブラックな心持になっていたら、突然うなじを鷲掴みにされ、グイッと顔を上げさせられた。うひゃあ、と情けない声を上げた。
ゾロはそのままサンジの顔がゾロの方を見るように方向転換させて、言った。

「そんなつもりじゃなかった。・・確かにうっとおしいとは思ったが、傷つけるつもりはなかった。悪い」

すごく真摯にそう言った。
そしてサンジは思う。こいつはムカツクやつだ、鼻につくやつだ、と思っていたが、意外と、根はかなりいいやつなのかも・・・と。
だって勝手にいじけて勝手に泣いているやつのところにわざわざやってきて、こんなことを言うのだ。いいやつ以外の何者でもない。

「・・だ、だから、泣くな」
「・・・・はへ?」

目をぱちくりさせる。拍子に溜まっていた涙が零れた。するとゾロはギョッとした顔をして、それから左腕に巻いているいつもの黒手ぬぐいを取ると、サンジの顔をグイグイ拭いた。

「ぶへっ、おい、コラ、あにすんだ、マリモ」

ヤメロヤメロ、それ洗ってねェだろ、ばっちィ、ヤメロ、と暴れていたら、ゾロがまたぼそりと言った。

「おまえが泣くと、弱る」

え?と思わず動きを止めた。ここぞとばかりにゾロがまたグイグイと顔を拭いてきた。いい加減擦れて赤くなりそうである。何せ、ゾロは無駄に握力が強い。赤くなるどころか皮まで向けそうだ。だから丁重に「もういい」とゾロが拭くのをやめさせた。

「もう、泣いてない」

な?ほら?と自分の顔を両手の人差し指で指差してみる。するとゾロは決まり悪気にちょっとそっぽを向きながら「おう」と頷いた。
それを見たら、今度はなんだかサンジは笑えてきた。ニマーっと両口端が持ち上がった。
そしてそっぽを向いたゾロに絡んだ。

「なぁ、おまえ、おれのこと心配したのか?」
「・・・・・・」
「慰めようと思ったのか?」
「・・・・・・」
「なぁなぁなぁなぁ」
「・・・っるせェなグル眉アホコック!!」
「んだとゴラァやんのか!」
「上等だオモテ出ろ!」
「望むとこだクソマリモ!!」

バタバタバタと表に出つつ、しかしサンジは内心ニマニマしていた。
今度夜にでも、船尾でお夕寝してるゾロのとこに酒とつまみでも持ってって、一緒に飲もう、と考えて、ニマニマしていた。


(09/07/18)


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