Zoro×Sanji - 2

□砂浜エデン
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あの手の感触が、しつこく残っている。
サンジはダイニングでひとり、手を握ったり開いたりしていた。
じーっと掌を見つめるが、何が見えるわけでもなく。ただ、あの感触が離れない。
ピチョン、ピチョン、と蛇口から水滴が規則的に滴る。遠くに、船長やウソップ、チョッパーがはしゃぐ声がいつも通り聞こえる。
自分の丁度背後、壁一枚隔てた向こうではサンジの手に消えない感触を残した張本人がいつも通り超人的な筋トレをしていたりして。
変わらぬ日常。変わったのは自分の心情。
ゴシゴシと感触の残る左手の掌を右手の拳で擦った。それでも消えない。
あの夜はなんだったんだろう。ゾロの態度はまるきり変わらないし、もちろんあの夜が話題にのぼることもない。当然だ、サンジとゾロは二人きりで会話をすることなどほとんどないのだから。
はぁあー・・・と溜め息をついたその時。

「おい」

ビクーッとサンジの肩が跳ね上がった。
慌てて戸口を見ると、筋トレ上がりにシャワーでも浴びたのか上半身裸で肩にタオルを掛けたゾロが立っていた。

「お前はなんでいつも音も立てずに入って来るんだ!?剣士じゃなくて忍者かてめェ」
「何わけの分からねェことを言ってんだ。大好きなナミの声も聞こえなかったか?島が見えたとよ」
「島ァ?」




無人島だった。
気候は秋の初めといったところ。寒くも無く暑くもない。
木々が生い茂り、食べられる木の実がたくさんなっているので、年少組に命じて木の実を取って来させたり、ビーチでバカンスもどきをやったりしてみた。
久々に鉄板と網を引っ張り出し、バーベキューなどをしてひとしきり騒ぎ、夜は船長たっての希望で、浜辺でキャンプをすることになった。
もちろんキャンプファイヤーもして、酒も入りほろ酔い気分で一味は火を囲み、円になって寝転がった。
満天の星空を見上げながらしばらく喋っていたが、ひとり、またひとりと眠りについていく。
サンジは眠れずにまた左手を眺めていた。腕を伸ばし、星空を掴むかのように握る、開くを繰り返したり、また右手の拳で擦ってみたり。
どうも寝る気分になれないので、そっと起き上がって寝床を抜け出した。
裸足で砂浜を踏みしめ、海辺沿いに歩く。
ザザーン、ザザーン、という波の音を聴いているとなんだか安心するのは、海の上の生活が長いからだ。
昼は青く輝く海も、夜はただどこまでも黒く、夜空と混じる。星を映して、無限の宇宙が広がっているようにも見える。
立ち止まってそんな様子をぼうっと眺めていたら背後に気配を感じ、反射的に足を振り上げた。

「っと、危ね!」

ヒュンッ、と普通の人間ならばなかなか避けられないサンジの蹴りをかわしたのはゾロだった。
驚いて目を見開く。

「てめェ、何やってんだ」
「てめェこそ、いきなり蹴ってきやがって」
「おれ様の背後に立つお前が悪ィ」
「なんだと、背後霊みたいに言いやがって」

フン、とサンジはゾロを置いて歩き出したのだが、ゾロは何故か後をついてきた。

「何だよ、おれになんか用か」

ざくざくと砂浜を踏みしめ、ポケットに手を突っ込みつつ歩きながら後ろに声を投げかけると、ゾロはぼそぼそと答えた。

「いや、気になることがあって」
「はぁ?」

少し言いよどんだ後「勘違いかもしれねェが」と前置きをしてゾロは言った。

「左手、どうかしたのか?」

ピタリ、と思わず歩みが止まる。呼吸も一瞬止まった。
しまった、と思ったが遅い。こんな風に立ち止まったりしたら、ゾロの言うことを肯定するようではないか。

「・・・別に」

そう思いつつも否定を示してみる。

「そうか?ならいいんだけどよ・・・。最近、なんかずっと気にしてねェか?左手。握ったり開いたり、右手で擦ってみたり、なんかやってんだろ。怪我でもしたんかと思ってよ」

だからどうしてお前はそうやって、おれのことを観察してやがるんだよ。
つーか、おれが気にしてんのはお前が握ってきた左手だ。あの日からだ。
お前にはそれが分からないのか。
いや、分かるわけがない、きっとそうだ、あんなもの。
単なる、事故で。

「怪我なんかするかよ。大事な手だ」

思ったすべてを口にできたらどんなにいいだろう。
言えるはずもないので、苦しい胸の内を押し隠してなんでもないようにそう言う。
ゾロはもうきっとあんな夜の一瞬のこと、夢うつつにやったようなことは覚えていない。
いつまでも覚えていて、いつまでも気にしていて、いつまでも感触が残っているのは、きっとおれだけ。
そう思うと、苦しくてしかたなかった。今すぐ大事だと言った左手を切り落としてしまいたい衝動に駆られた。
なのに。

「大事な手だから心配してんだろ」

ぶっきらぼうに言われたゾロの言葉に、感情があっという間にひっくり返る。
ジーンと胸に痺れるような熱さが広がって、そんなのってズルイだろ、と思いつつ、浮かれる心が止まらない。
たまらず海にバシャバシャと走った。後ろでゾロが「おい!?」とか言ってるが気にしない。
膝下まで浸かるようなとこまで来たところで振り返り、言ってやった。

「てめェに心配される筋合いなんかねーんだよ、バーカ!」

ベッと舌も突き出して。
いきなり海に突っ込んでったサンジを条件反射のように追ってきていたゾロに、足を振り上げて飛沫を掛けてやる。

「うぉっ、何すンだこら!」

両腕を顔の前辺りまで上げて庇うゾロを思い切り笑ってやると、対抗意識を燃やしたゾロが屈みこんで両腕で水をすくい上げ、こちらに飛ばしてくる。
夜中だというのにぎゃーぎゃー笑いながら逃げ回ると、ゾロも何だか知らないが笑って追いかけてきて、また水を飛ばしてくる。サンジも負けじと足を振り上げ飛沫を飛ばし、また逃げる。

「逃げんなこら!」
「追うから逃げンだろがこら!」
「追わなかったら走ってくだろてめェ!」
「おれを捕まえようだなんて百億万年早いね!」
「うーし、見てろ!」

軽口を交わし合いながら走っていたら、不意に砂に足を取られた。
あっ、と思ったときには遅い。バッシャーンと飛沫を上げて顔面からすっ転んだ。
サンジのすぐ後ろまで追ってきていたゾロもまたいきなり転んだサンジを避けきれず、後を追うようにして盛大に転んだ。

「ぶっへ、げほっ!うぇ、海水飲んだ、しょっぺー!びしょ濡れじゃねーかよドアホ!」

濡れねずみになっても先ほどのテンションを引きずって笑いながら顔を上げたら。
サンジに覆いかぶさるようにして見下ろしているゾロがいた。
バチリと目が合って、サンジの笑顔が引っ込む。ゾロも笑ってはいなかった。
視線が絡み合って、何も言えなくなる。瞬きさえできやしない。
何も言わないまま、身動き一つしないまま、ただ視線を合わせて数秒が過ぎた。長い数秒だった。
ほどなくしてゾロが立ち上がり「馬鹿やってねェで戻るぞ」とサンジの手を引っ張って立たせ、そのまま歩き出した。
お互い喋らないまま来た道を引き返す。
歩くゾロの背を見つめ、ゾロが握る自分の手を見下ろす。
今度はこの間のような曖昧な出来事ではなくて、確かに握られた右手。
このままいつまでもキャンプにつかなければいいのにと、馬鹿なことを思った。


(10/11/18)


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