長編

□幸
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あの銀髪―――銀時という名前らしい―――に襲われかけた、二時間ほど後。
持ち前の体力と高杉に手当てをしてもらったことで、土方はある程度動けるようにはなっていた。
元々、これくらいの怪我ならよくしていたのだ。いつも自分で手当てして、それも出来ないくらいのときは色々な交換条件を出して。
だから、ただ助けてもらうだけ、というのには多少抵抗があった。
余ってるからと軽く貸された部屋で壁に寄りかかり、土方は目の前にいる高杉に訊ねる。

「なぁ」
「あ?」
「お前らって普段何やってんだよ」
「…なんで」
「いや、助けてもらうだけっていうのもアレっつーか…」

予想外に聞き返され、一瞬返事に戸惑う。
何故だか高杉まで言葉を止めていて、答えなければと思っても上手く言葉は選べなくて。

なんと答えたものかと逡巡するうち、高杉は軽い溜息を吐いた。


「攘夷志士だよ」


あっさりと吐き出された言葉は、土方の予想を越えるものだった。
否、本当は初めからそう考えるべきだったのだろう。天人が増えたこの国に攘夷志士は一昔前の数十倍いる。勿論その名を騙るだけの人間も多いけれど、実際戦場を駆ける者の方が遥かに多いのだ。

驚く土方を見ても、高杉は別段表情を動かさなかった。
攘夷志士だから、言うのを躊躇ったのだろうか。
江戸の人間はどちらかといえば開国派が多くなっている。ここだって武州の端といえど江戸は近いのだ。そんな地域で倒れていた土方だ、きっと怯えられるか罵倒されるかのどちらかだと思ったのだろう。

けれど。


「かっこいいな、お前ら」


そう言えば、今度驚いたのは高杉のほうだった。

「お前、」
「攘夷志士ってアレだろ?あの妖怪みたいな奴らと戦ってる」
「…まぁ、な」
「俺はあそこまでやる気ねェよ。命は惜しいし」

誘われれば行くけどな、なんて笑って見せれば、高杉の表情が緩んだ。
微笑とも呼べないほどの変化だったけれど、きっと高杉が安心したのだろうことは分かって。

「風呂、借りていいか」
「いいけど転ぶなよ」
「転ぶか」

交わしたのはそんな普通過ぎる会話。
きっと彼らは、否定され恐れられることにも慣れてしまったのだろう。
だからこそ、ただ普通に。

土方が部屋から出ようとしたところで、後ろから高杉に声を掛けられた。
自然と歩みが止まる。

「何だよ」
「名前」
「名前?」
「まだ聞いてねぇ」

ああ、そういえば確かに名乗っていなかった。自己紹介も何もなく土方は二人の名前を覚えてしまったから、ついすっかりと頭から抜け落ちていたらしい。
若干の気恥ずかしさも覚えながら、特に躊躇することもなく。

「土方。土方十四郎」

あっさりとそう言えば、高杉は満足したように薄く笑った。
 
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