近藤×土方
□その手に触れる未来まで
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初恋の人は、幼馴染だった。
気が強くて、強がりで、そのくせ繊細で傷つきやすい。
一人きりでいたがるくせに、孤独を恐れて涙を零す。
そんな、少年だった。
『トシ!』
そう呼ぶたびに、ほんの少し微笑んで駆けて来てくれる彼を愛しいと思うようになったのは、一体いつからだったろう。
けれど、その想いが一般的には『間違い』とされるものだというのは、幼い頃の近藤にも分かっていたから。
その想いをひた隠し、いつか冷めてくれるだろうと期待さえしていたのだ。
けれど、それは叶わなかった。
それどころか、想いは熱を増してゆく。
それでも、その想いを告げてしまったら、きっと彼はここからいなくなってしまう。
笑い合う事さえ、出来なくなってしまう。
その恐怖だけが近藤を支配し、想いを告げる事も、捨てる事も出来ないまま時間だけが流れて。
いつしか彼には、恋人が出来た。
『その…近藤さんだけには、紹介しときてェから』
そう照れくさそうに言った土方が連れていたのは、笑顔が綺麗な優しそうな少女で、名前はミツバといった。
どくり、心を駆け巡ったのはどろどろとした黒い感情。
―――自分がそこにいるはずだったのに。
その柔らかな微笑は、自分だけに向けられていたのに!
『…そう、か』
けれど、そんな事言えるはずもなくて。
先を越されたなぁ、なんて笑いながら、その胸の中には嫉妬が渦参いていたのを近藤は確かに感じていたのだ。
その思いは、絶望的なまでの憎しみを伴って、近藤の胸を覆う。
けれど―――ミツバといるときの土方の表情が、あまりに幸せそうだったから。
どろどろとした黒い感情は、吐き出すことなく飲み込んだ。
嗚呼、せめてその時に告げておくべきだったのだろうか。
ミツバは元より、体が弱かったそうだ。
最近では、入院したきり退院できないほどに弱りきっているらしい。
近藤がそれを聞いたのは、つい最近だった。
それまでは、ミツバはごく普通の少女で、いつか土方との間に子供も出来て、幸せな家庭を築くのだろうと。
そう思っていた分、衝撃も大きかった。
―――否、その衝撃は、ミツバの事に対してではなかったのだろう。
土方が、自分にそんな大切な事を伝えないことなどなかった。
今までは、どんなに大切な秘密でも、近藤さんにだけは、とその秘密を囁いてきていた彼が。
ミツバが病気である事を隠し、その想いを一人で抱えていた事に対する、衝撃だった。
昔とは違うのだ、人は変わるものなのだと、いくら自分に言い聞かせたところで何も変わらなかった。
じくじくとした痛みは、次第に近藤の心を腐敗させてゆく。
『…トシ、』
俺が居るだけじゃ駄目なのか、と。
そう言いそうになって、近藤は慌ててその言葉を飲み込んだ。
そんな事を言ったら、きっと土方は哀しそうに目を伏せるだけなのだろうから。
不思議そうな顔をする土方に言葉を濁して、きっと大丈夫だと呟いた。
けれど、本当に大丈夫なはずなんてなくて。
「…なぁ、近藤さん」
静まり返る、昼休みの廊下。
今にも泣きそうに、震える声。
彼が手にしていた携帯電話は、ぎちりと音がするほどに強く握り締められた。
「―――ミツバが、死んだ」
拳を握り締め、必死で言葉を搾り出す土方を前に。
近藤の胸を駆け巡ったのは、
―――震えるような歓喜。
嗚呼、きっとこれで彼は戻って来てくれる。
自分だけに、微笑んでくれる。
そう思えたのは、ほんの一瞬だった。
「……っ」
小さく聞こえた、嗚咽。
土方の眸は、透明な雫に揺れていた。
「トシ…」
嗚呼、きっとそれは、愛だった。
幻想でもいいと願うほどに、深く狂うような、想うだけで満たされるような。
そんな愛の行く先は、きっともうどこにも無くて。
彼に触れようと伸ばした腕は、届くことなく下ろされた。
きっと、触れる事は赦されなかったのだ。
少女の死を一瞬でも喜んだ自分に、彼に触れる資格など無い。
「…悪ィ…っ、一人に、してくれ」
かける言葉は、見つからなかった。
段々と遠くなる背中を、ただ見つめる事しか出来なくて。
「…ごめんな」
小さく呟いた言葉は、冷たい廊下に呑まれて消えた。