捧げ物・宝物

□日溜りの、子猫達
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そうっとそうっと、足音を立てずに近づいてゆく。
大丈夫、前回は出来たんだ。今回失敗するはずがない。自分にそう言い聞かせ、足を進める。
気配を殺して、誰にも見つからないように、あいつが後ろを向いている間に――

「トシっ」

窓側の席一番後ろ、そこに座る少年に囁くように声を掛けた。
うとうととしていた少年は驚いたようにこちらを向き、それが誰であるか分かると、ぱぁっとその顔を綻ばせる。

「銀」

聞こえるか聞こえないかくらいの音量で、十四郎が言う。
銀時はそれに満足そうに笑うと、あいつ ―― 一年B組の担任、神楽に見つからないよう慎重に、十四郎の隣へと移動した。



銀時と十四郎は、双子の兄弟である。
というのに、銀時はふわりとした銀髪の天然パーマ、十四郎は艶やかな黒髪で、顔だって似ているわけではない。違いを見つけろと言われたら、いくらでも挙げることが出来るだろう。
いくら二卵性とはいえ、ここまで似ないことがあろうかという程に対照的な二人だった。
けれど、唯一つそこで確かだったのは、所謂『双子の絆』というやつで。

「ほんとにまた来たんだな」
「俺はうそつかねぇもん」

顔を見合わせ、くすくすと言い合う。
現在は二時間目の授業真っ只中。銀時が十四郎のクラスにきたのは、これで二度目だった。
前回の侵入は結局見つかり、銀時のクラスの担任である志村新八から、きつーいお叱りを受けたのだが―――
もうそんなことは、記憶の彼方に忘却されているようだ。

「じゅぎょう、何してた?」
「あっちはさんすう。こっちは?」
「こくご。いまやってんじゃねーか」

苦笑するような表情の十四郎が指差したのは、前方の黒板。そこには確かに、大量のひらがなが連なっていた。
銀時が嫌そうに舌を出して見せれば、土方はくすりと可笑しそうに笑う。それが何ともいたたまれなくて、銀時はばつが悪そうに唇を尖らせた。十四郎が、それを見てまたくすりと笑う。
と、十四郎がはたと気づいたように黒板を見た。黒板には、いつしか先程よりも多くの文字が連なっている。

「あ、ちょっとまってて。うつすから」
「うん」

銀時が頷くより早く、十四郎はノートに向かっていた。小学一年生の文字だろうかというほどに整った、けれどどこか幼い字がノートを埋め尽くしてゆく。
会話がなくなり、十四郎が退屈そうに小さく欠伸をした。次第にうつうつとしながらも、落ちる瞼を引き上げながら必死に手を動かしている。
ぼんやりとそれを見ながら、銀時はふと思い出したように呟いた。

「…トシはいいなぁ」
「ん、なにが?」
「あたまよくて、もてるし」

ふたごなのに、と呟く銀時は本当に悔しそうだったけれど、うつらとし始めた十四郎は、どうして、と首をかしげた。

「おれは、銀といっしょにいられればいいよ?」

銀はそうじゃないの、と拗ねたように問われて銀時は口を噤んだ。
もちろん銀時だって、十四郎とずっと一緒にいたいとは思う。けれどそれでも、相応に周りの目は気になるのだ。

「うー…」

銀時はひとしきり唸った後、えい、と十四郎の椅子に腰掛けた。

「あ、銀っ」
「いいじゃん」

ぴた、とくっついた格好になった席は酷く狭いのだけれど、十四郎も本気で突っぱねたりはしない。
もぉ、と一つ嘆息すると、あとは銀時が座りやすいように少し窓側に寄った。銀時は嬉しそうににこりと笑うと、空いた部分につめる。

「せんせーにバレるぞ」
「だいじょうぶ」

前を見れば、いつの間にやら神楽は教卓に突っ伏して眠っている。
授業ももう残り十数分だ。やる事もないと判断したのだろう。席についている生徒達も、こそこそと喋っているか眠っているかだ。

「ほら。へーきだろ?」
「ほんとだ」

ほぅ、と十四郎が息を吐いた。
窓の外ではみんみんと蝉が鳴いているけれど、教室の中はクーラーが効いていて心地良い。しかも授業が終わったとくれば、その緊張が解けるのは不可抗力だろう。
次第にうつうつとしてゆく十四郎は、眠気にぼんやりとした眸で、けれど小さな口を動かして言葉を紡いだ。

「……な、銀?」

あのね、という言葉は酷くゆっくりしている。

「おれ…銀といっしょの…クラスがよかった…」

いよいよ眠くなったのだろう。銀時が俺も、と言うより早く、十四郎はことりと銀時の肩に頭を預けた。
そうしてそのまま、吸い込まれるように眠りへと落ちてゆく。

「……」

すぅすぅと聞こえる規則的な寝息に、銀時もゆっくりと眠りに誘われていく。
いつしかことりと傾いた頭に気付く前に、銀時の意識は遠のいていった。





そうして二人が見た夢は―――…

二人だけの、あたたかな秘密。









Fin
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