捧げ物・宝物

□それが日常。
1ページ/2ページ


「……」

銀時の思考は停止した。
止まって回ってもう一度元の場所に戻って、過去の事を思い返してしまうほどには狼狽もした。
けれど眼前に居るそいつは、実に真面目な顔をして、そのくせ恥ずかしそうにうすらと頬を染めているのだ。


++日常事変++


銀時と土方が初めて出会ってから、早半年。
顔をつき合わせれば喧嘩をしていた銀時と土方の仲は大分修繕され、並んで茶を飲める程度にはなっていた。
下らない話をして、そのまま別れるときもあれば喧嘩をして別れるときもある。
どちらにしても、翌日にはまた話をしている二人なのだけれど。

今まで、こんなに普通に会話が出来る、それも同年代の『友達』なんて居なかったのではないだろうか。
長谷川は(一応)年上だし、沖田は年下だ。彼を友達と呼んでいいのかは分からないけれど、一応「親友」の称号を貰ったのだから構わないだろう。パフェに釣られただけな気はしなくも無い。
高杉や桂、坂本は、同年代とはいえ攘夷時代を共に駆けた仲間だ。友達という関係とは、近いようで遠い。

「…友達、ねェ」

掃除をしていた新八に邪魔だと追い出された銀時は、ぼんやりと道を歩きながら考える。
口に出した慣れない響きに背筋がむずがゆいような感覚を覚えたけれど、それが嫌ではないものだから、なんだかなぁ、と思わず笑いが零れた。
これではまるで青春だ。
全てを―――時間も命も、何もかもを攘夷に懸けていたあの頃を思い出す。
あの頃は生きる事に精一杯で、色恋はおろか、友情さえも考えた事は無くて。

「…いいかもな」

本音でぶつかり合えるような関係を今更のように求めるのも、存外気分がいいのだ。



そんな事を珍しく本気で考えた、その夜。
珍しく非番なのだという土方の誘いに乗り、銀時は居酒屋に来ていた。
江戸でも、つまみが美味いと評判の店だ。
けれど今日は運がよかったのか、それとも時間が早かったのか。カウンター席こそ埋まっていたものの、個室は空いているらしかった。

「別にいいよな?」
「入れんならどこでも」

笑って答えれば、土方も安心したように笑う。
店の親父は「じゃあ個室で」とすまなそうに笑って言うと、二人を奥の個室へと案内した。

居酒屋の個室、という事で狭い部屋を想像していた銀時は、案外広いそこに驚いた。
それは土方も同じだったようで、部屋を見渡して感心しているようだ。

「ご注文は?」
「あー、じゃあ熱燗で。土方もいいよな?」
「ああ」
「熱燗二本ですね。少々お待ちくだせぇ」

軽く頭を下げて、親父が席から離れる。
テーブルを挟んで向かい合うように座り、言葉のないまま土方が煙草に火をつける。
―――無言の時間。
けれど、それが気まずいと感じないのは相手が土方だからだろうか。
沈黙の時間さえ、居心地が良い。

「…なぁ」

そんな時間を破ったのは、土方だった。
ずいぶんと思いつめたような表情をして、銀時のほうを向いたまま、僅かに眸を伏せている。
反射的に銀時も姿勢を正して、訳が分からないながらも土方のほうを見た。
彼の存外に長い睫毛が、蜂蜜色の電燈にちらちらと瞬いている。
遠目で見るよりもずっと整った面が、今は彼の真剣さをそのままに映し出していた。

「……あの、さ…坂田…」
「な、んだよ」

あまりに緊張しているらしい土方は、うすく口を開いては閉じて、と繰り返している。
その緊張が伝染してしまって、銀時までもが掌にじわりと汗を滲ませているのが分かった。
―――嗚呼、まるで。
まるで、これこそ青春のようだと思う。
子供でも大人でもない、甘酸っぱく輝く時。
そう、まるで―――恋、のような。

「……」
「……」

あまりに緊張し過ぎて、周りの雑音も聞こえない。
ただ聞こえるのは、自分の呼吸と、五月蝿いほどの鼓動だけ。

「―――だ」
「…へ?」

ぽつり、土方は何事かを呟いたようだったけれど、声が小さすぎて聞き取れない。
しばらく土方の視線は床の上を彷徨ったけれど、意を決したように彼は顔を上げて。


「好きだ」


と告げたのである。

―――そして、冒頭へと戻るのだ。

「…あの、もう一回―――」
「す、きだ」
「……」

頬を僅かに紅く染めながら、それでもはっきりとそう告げる彼の眸には決意が篭っていた。
せめて平然と言ってくれたならば嘘だろうと流す事だって出来たのだけれど、その声はあまりに真っ直ぐに澄み切っていて。

「…あ、えっ、と…」

茶化して誤魔化してしまうのは、きっと今するべき事ではない。
けれどどうにか言葉を搾り出そうとする銀時に、相変わらず頬を紅くした土方はいい、と小さく呟くのだ。

「答えなくていい。…言いたかっただけだから」

そんな勝手な。
そうは思うのだけれど、銀時から顔を背けて去ってゆく土方にかける言葉は見つからなくて。

「また、な」

それだけ言って店を出て行く彼を、ただ見送る。

頭の中に残るのは、好きだと告げる彼の声。
そうして、どこか熱に浮かされたように潤んだ、美しい眸―――

(イヤイヤイヤ、ないないそれはない!)

慌てて頭を振るけれど、一度湧き上がった思いは中々消えてはくれなくて。
つられるように熱を持った頬を冷やしながら、銀時は不思議そうな顔をした親父から渡された酒を勢いよく飲み干すのだった。








Fin
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ