捧げ物・宝物

□sweet,sweet
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一目で恋に、落ちました。






「痛かったら手を挙げて下さい」
「はい!へんへえはかのひょいあふか!?(先生は彼女いますか!?)」
「…痛かったらって言ってんだろうが」
「あがァァァ!!!?」

キーンと脳天を貫く鋭いドリルの音と、耳を塞ぎたくなるような悲痛な叫び声が真っ白な部屋に反響する中、勢いよく挙げられた銀時の手は縋る物を探すかのように宙を掻いた。
大きなマスクと頭を覆う帽子とで顔のほとんどのパーツが隠された歯医者――土方はその手を一瞥し、何事もなかった風に淡々と虫歯をドリルで削っていく。
艶やかな黒髪の隙間から覗く切長の目は若干冷ややかで、けれども涙で歪む視界に映るその目を見つめながら銀時は、やっぱり綺麗だなぁと思うのだった。






『早い、丁寧、痛くない』
そんな評判を聞きつけ、久しぶりにできた虫歯の治療のために銀時が『近藤歯科』の扉をくぐったのは2ヶ月前のこと。
ドリルの鋭い音と、それが醸し出す何とも言えない恐怖に怯えながら(もちろん口では絶対に言わないが)待合室で待つこと10分。とうとう受付嬢に名前を呼ばれ、震えそうになる足を叱咤してゆっくり治療室のドアを押した。

(ヤベーヤベーマジでヤベェって!痛くねェってアレ絶対ェ嘘だろ!もしドリルが舌に当たったら俺死ぬのかな?もし歯ァ引っこ抜かれてそこからばい菌入ったら俺死ぬのかな?あーもー超怖ェ帰りてぇぇぇ!)

一番奥の個室ですと言う受付嬢の声をなんとか聞きとり、重たい足を引きずるようにして歩く。
そして目の前のドアをノックすれば、中から返ってきた「どうぞ」という返事。くぐもっていたが、聞こえた声は確かにまだ若い男のそれで。

(せめて女の先生なら良かったのに…)

中に聞こえないよう深いため息を吐く。美女だったら死んでも悔いはないが、ムサイ男だったら死んでも死にきれない。
そんな気持ちでゆっくりドアを押し開け足を踏み入れた、が。

「失礼しまー、す…」
「はい、どうぞ」

くるりと振り返ったのは、想像通り確かに男だった。だが。
帽子から覗く黒髪、切長の目、すっと通った鼻筋、薄い唇、白い肌。
銀時の望んだ女ではなかったが、文句なしの"美人"がそこにいて。
見つめられる灰がちな瞳に、心臓が大きく跳ねた。

(…って、何ドキッとしちゃってんの俺ぇぇぇ!?)

あまりの衝撃にその場に立ち尽くして頭を抱え、けれど今にもしゃがみこんでしまいそうになるのだけは必死で堪えた。
いやいやナイナイそれはナイってと呟く姿は不審者以外の何者でもない。
だがそんなことに気を払う余裕もないのか、銀時は呪文のように俺は女が好き俺は女が好きと自分に言い聞かせ続けていた。

「あの…どうかしましたか?」
「あ、いえ何でもナイですハハハハ…」
「そうですか?じゃあ靴を脱いでここに座って下さい」
「ハ〜イ、お願いしまぁす」

不審がる男の声に乾いた笑いを返し、言われた通り診察台に座る。ちらりと見えた男の左胸には、『土方』の文字の上に『HIJIKATA』という読み仮名が書かれた名札がついていた。
その文字を頭に焼き付け、銀時は再び目の前の男の顔を眺めた。
待合室で書いた問診書に視線を遣る土方という男。長いまつ毛が目元に僅かな影を落としていた。

(まつ毛長ぇー。つーか肌とか触り心地良さそ…ってだからおかしいだろコイツは男だっつーの!何で男相手にンなこと思ってんだよあり得ねーよ俺。確かに男にしちゃキレイだけど、でもホラこの人目つき悪いし?おまけに瞳孔開いちゃってるしィ!?…あーでも、真っ赤な顔して涙で潤んだこのキツイ目が俺を睨みつけてきたりしたらスゲェそそるよなぁ…って、だから違うってぇぇぇ!!)

そんな葛藤を胸に再び頭を抱えそうになりながら、それでも土方から目を外せない。
そして問診書から顔を上げた土方と目が合い、小さく肩を震わせた。

「今日は初診ですね。虫歯ができたということですが、どんな感じですか?」
「あ、えっと、み、右下と右上の奥歯が昨日から痛くて…」
「何か心当たりは?」
「たぶん、甘いものの食い過ぎじゃねーかと思います…」
「そうですか」

(ホラな、愛想だってねーし。全部気のせいだって)

淡々と返される言葉、その様子に銀時は小さく安堵する。何処かで落胆している気持ちもあるが、それは見ないフリで言い聞かせる。
無意識に視線が落ちていく。

「大丈夫、」

だけど、

「これくらいなら、すぐに完治しますよ」

ふいに寄越された言葉が、先ほどとは違って何だか優しさを帯びていて。
反射的に顔を上げたその先で、土方が口許に緩く弧を描いていて。
それがあまりにも、綺麗だったから。
一瞬だった。

「――もうダメだ」
「そんな大袈裟な…」
「あのさ、先生」

ぎゅう、と土方の両手を握って。

「さ、坂田さん?」
「好きです。俺とお付き合いして下さい」
「……は?」

かくして、銀時は恋に落ちたのだった。






「――ったく、次また変なこと言ったら総入れ歯にしますよ坂田さん」
「……はい」

衝撃の出会いから2ヶ月、銀時は毎週1回近藤歯科に通院している。
開き直ってしまえば後は簡単で、銀時はあっという間に土方にのめり込んでいった。幸運にも毎回担当は土方で、銀時にとっては非常に都合が良かった。
毎回繰り返される土方への熱烈なアピールや猛アタック、そして最後には黙らされるのもお約束。
それでも始めは戸惑っていたものの、時間が経つにつれ慣れてきたのか、土方の顔には時々素の表情が垣間見えるようになった。
端正な顔だちとは裏腹に、実は口が悪いこと。
意外に短気で、すぐキレること。
そして時折見せる柔らかな笑顔が、本当に綺麗なこと。
どれもが小さな発見だったけれど、そのひとつひとつが銀時にとってとても嬉しい発見で。
その度にもっと土方を知りたいと思う自分に気がついて、まさかここまでハマるとはなと苦笑する。が、胸を張って土方が好きだと言える自分が少し誇らしく、倖せだった。



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