捧げ物・宝物

□I tell you what
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一体どうして、こんなことになったんだろう。

横で眠りこけている男をじとりと睨みつけて、リオンは軽く溜息をついた。


『I tell you what』


始まりは、ほんの数時間前のこと。
日課の鍛錬を終え部屋で一人くつろいでいたリオンのもとに、能天気な声が届いた。

「リオン、どっか行こうぜ!」

扉を開け、キラキラとした笑顔で言ってきた恋人に、リオンもにっこりと微笑んで。

「嫌だ」

きっぱりと告げた。
けれど、それに慣れっこのスタンは気にした風もなく続ける。

「列車に乗ってしばらく行くと、おススメの場所があるんだ」
「だから僕は行かないと言っている」
「この間見つけたばっかりなんだけどさ〜」
「だから僕は行かないと、」
「中々いい場所だからリオンと二人で行ってみたくて」
「だから僕は、」
「ということでレッツゴー!」
「僕の話を聞けぇぇぇ!!」

なんて叫んだところで、スタンの馬鹿力に敵うはずも無く。
仕方なく連れられるまま、列車に乗り込んだのだった。
…ちょっと行きたかったから力を抜いていたとかではない。決して無い。




暇つぶしの回想を終え瞼を開いても、周りの景色は相も変わらず一面緑のままだった。
最初ははしゃいでいたスタンも、いい加減飽きたのだろう、今は眠りこけている。…小学生かコイツは。
何となくつまらなくなって、リオンはスタンの頬を軽くつついた。
うーん、と小さく唸って、スタンは再び夢の世界へ戻ってゆく。

「…起きろ馬鹿」

小さく呟いたはずだったのに、静か過ぎる列車の中で声はやたらと響いた。
熱くなる頬を押さえて、リオンは心中必死で弁解する。

(…いや、寂しいとかじゃない。そういうのじゃない。そう言うわけじゃなくて、誘ってきた本人が相手を差し置いて眠るとか礼儀がなってないだろうという話というか…)

自分でも何を言っているのか分からなくなって、リオンはもう一度溜息を吐いた。
ガタンゴトンと、単調なリズムで列車は揺れる。
その揺れに身を任せながら、リオンは再び眸を閉じた。





ひやりとした風邪が頬を撫でて、ようやくリオンは目を覚ました。
―――目に入ったのは、一面のオレンジ。
どうやら、どこかの丘の上らしかった。
熟れた太陽の光が、世界を満たしている。

ほぅ、と小さく溜息を吐いた。

「…お、起きたか」

それに気付いたのだろう、楽しそうに嬉しそうに、スタンは笑う。
それに呼応して、リオンも微笑み―――そうになって、慌てて表情を引き締めた。
慌てて体を起こせば、恐らくスタンに運ばれたのだろう、つい先程までベンチの上でスタンに寄りかかるような体勢になっていたことに気付く。
かぁっと顔が熱くなったのを感じて、リオンはぶっきらぼうな口調で尋ねた。

「おい、ここはどこだ」
「ん〜?だから、俺が来たかったところ」
「そういう意味ではなくて…」

尚も言い募ろうとしたリオンの唇に、スタンの人差し指がそっと触れる。
思わず口を噤めば、スタンは小さく微笑んで。

「…リオンと二人で、来たかったんだ」

本当に嬉しそうに、呟いた。
とくりと、心臓の音がする。

「ここの夕焼けが、あんまり綺麗だったから」

二人で見られて良かった、と。
そう言って彼は再び微笑う。


―――嗚呼、

(この貌が、ズルい)


とくりとくりと、心臓の立てる音は次第に大きくなってゆく。
どんなにリオンが冷たくあしらった時でも、スタンは優しく微笑って、心の扉を開けてしまうのだ。
あまりに自然な、暖かい優しさ。
それが嫌でないのだから、きっと自分も相当なのだろう。

ようやくリオンは小さく微笑って、口を開いた。

「…なぁ、スタン」
「ん?」

そっとそっと、彼の耳に口を近づけて。

―――ああ、きっと、こんなの今日だけだ。


「    」


夕陽が、酷く綺麗だったから。
今日だけは、素直になってやろうと思った。






Fin 
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