長編

□幸
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何十人という人数を相手に、近藤と二人で大立ち回りをしたその後。


『四越デパートの自動ドアにはさまった』


そんな強がりを言って近藤の前から去っていった土方は、道の途中で力尽きて座り込んでいた。
今までの傷が癒えきってもいないのにあんな事をして、尚且つボロボロになったのだ。倒れるのも無理はないだろう。
人気の無い道を選んだのは正解だった、と土方は思う。林に面したここは日当たりも悪く、民家も人通りもほとんど無い。もしも人の多い道を選んでいれば、傷だらけで血まみれの土方だ。病院に担ぎ込まれるかお縄になるかの二択に決まっている。

はぁと深く息を吐いて、近くの木に寄りかかった。

(みっともねェ…)

けれど、そんなことを思ったところで動けるようになるわけでもなく。
目を開けているだけで体力は奪われていって、仕方なく土方は目を閉じた。










…―――遠い遠い、これはどこだったろう。
瞼に映る。脳裏に甦る。


懐かしいような切ないような景色の中で、長い黒髪の女性が笑っている。

幼い自分が手を伸ばす。

けれど腕をうんと伸ばして精一杯背伸びをしても、彼女には届かない。

彼女はただ自分を見て微笑うだけで、手を伸ばそうとはしてくれなくて。

そのまま次第に遠ざかる。

待って、待って、一人にしないで。

いくら叫んでも届かなくて。

赤く燃える部屋。

逃げなさいと彼女は一言だけ言った。

安心させるように笑いながら。

ここには私だけいればいいのと言った。

堪えきれずに涙を零しながら。


そうして世界は崩壊して、









「待―――っ」

手を伸ばせば、そこは見慣れぬ部屋だった。

「お、目ェ覚めたか」
「……?」

自分の横に座り込んでいたのは見知らぬ男。
年齢は同じくらいだろうか。黒い髪と頬にへばり付いた血のコントラストが、やけに彼を狂ったように見せている。
顔はいいのに勿体無い、なんてどうでもいいような事を思って―――そしてようやく気付いた。
ここはさっきまでの道でもなければ、近藤の道場でもない。
一瞬混乱した脳内をどうにか立て直して、ようやく土方は自分が寝かされているのだと理解した。
反射的に起き上がろうとして、けれど男にあっさりと制される。

「ここ…」
「動いてんじゃねェよ。ここは俺達の隠れ家だ」

彼の発した言葉には、滅多に聞かないような単語が混じっていた。
家でなく、隠れ家。
もしかすると彼は泥棒か強盗なのだろうか。土方を拾ったのが気まぐれか意図があってなのかは分からないけれど、安全の為には早く逃げた方が得策かもしれない。
そう咄嗟に判断した土方が、逃げる為に何か情報でも手に入れられないかと口を開きかけた瞬間だった。
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