長編

□幸
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「あ、そいつ起きたの?」
「ああ。ついさっきな」
「そう」

入ってきたのは、見事な銀髪の男だった。
こちらも年齢は同じくらいで、風呂上りといった様子だ。
タオルで銀髪をかき混ぜながら近づいてきた男は、土方を見るなりへらりと笑って。

「ヘェ、結構美人じゃん」
「だろ?」
「………」

土方が男だということを知っているのかいないのか、そんな会話が繰り広げられる。
どこで拾ったのとか好みかもとか、そんな間の抜けた話を聞いていると先程までの緊張感が無駄に思えてくるから不思議だ。
油断させる為かも、なんていう感情は湧かなかった。こういうときの勘は備わっていると自負しているから、少なくとも今は大丈夫だろう。
そう考えて、土方は会話を聞かないように努めながら思いを馳せる。

思い出せば昔から、髪を伸ばしているからか時折女に間違えられることがあった。全員叩きのめしてきたけれど。
かといって切る事をしなかったのは、何年も前に無くなった母の面影を自身に見ていたからだろうか。
彼女の美しさと長く綺麗な黒髪は近所でも有名で、それは同時に土方にも受け継がれていた。その長い髪を切ってしまったら、もう微かしかない彼女との繋がりが全て消えてしまうような気がして―――どうしても、切れなかった。
ああ、そういえば近藤達は自分をちゃんと男だと思っていただろうか―――



「―――くん、おーい、大串君?」
「…へ?」

思うより深くぼんやりとした思考に沈んでいたらしい。
気づけば、銀髪の男の顔が目の前にあった。

「ふおぉっ!?」
「やっと気づいた」

思わず突き飛ばしたけれど、まだ力が入らなくて銀髪はぴくりとも動かない。
土方に覆いかぶさったような姿勢のまま、何が楽しいのか彼は笑っている。

「いや、高杉が風呂行ったよって声掛けてんのに反応しないからさ。起きてるかなぁと」
「…っ、目ェ開けたまま寝る特技はねェよ。つーかなんで大串君?」
「いや、なんとなく」

へらへらと笑う銀時に動く気配は無い。
土方はふぅと息をつくと、とりあえず退いてもらおうと口を開けた。

「あの、」
「あのさ」

被せるように銀時が口を開く。
自然と土方が押し黙れば、銀時は満足そうに笑った。

「今高杉も桂もいねェんだ」
「ああ、うん」
「あ、高杉は風呂で、桂は京な」
「京?」
「イヤまぁそれは置いといて」

自分で振ったくせにあっさりと銀時は話題を放棄した。話題転換の早さに混乱する土方をよそに、銀時はぐいと顔を近づける。
辛うじて保たれていた距離は、お互いの吐息が交わるほど近づいて。




「俺さ、一目惚れしちゃったみたいなんだよね」




誰にと聞く暇も無く、唇に何か柔らかいものが触れた。
それが唇だと分かったのは銀髪の舌が口内に入ってきてからで。

「は、…っ」

抵抗しようとは思うのに力が入らない。
土方の腕を布団に縫い付ける彼の手は酷く熱くて、混乱して動きの鈍る頭に拍車がかかる。
いつしか腕は頭上で一纏めにされていて、男の手は着流しの中に滑り込まされていた。

「…っ!!」

逃れる術が分からない。
抵抗らしい抵抗も出来ないまま流されてしまうのか、そんなことを酸欠になりかけた頭で考え始めた瞬間。





「……テメェなぁ」





聞いたことのある声が、響いた。

「…げ」
「ふ、はぁ…っ」

唇を離した瞬間つぅと銀糸が繋がっていたけれど、そんなことを気にする余裕も無いほどに土方はパニックだった。
男色家なのか女と間違えたのか、それともただの嫌がらせか!
体を起こして後ずさりながらテンパる頭でそんなことを考えていると、すっと伸びてきた腕が土方の着流しを整えた。
僅かだけ体に触れたその手が、風呂上りだからか暖かい。

「悪ィな。あいつ馬鹿なんだ」
「馬鹿とは失礼な。俺は美人に目が無いだけですぅ〜」
「余計悪ィだろうが」

銀髪はいつの間にやら思いっ切り殴られたらしく、頭にたんこぶができている。
涙目になっているそいつが面白くて思わず噴出せば、銀髪は笑ったけれど高杉は仏頂面になった。
―――何故だかは、分からなかったけれど。
 
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