長編

□哀
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その日の晩、土方の部屋の扉が叩かれた。
「応」と返事をすれば、入ってきたのは高杉。

「…よォ」
「………」

ちらりと視線をやって、窓の外に視線を戻す。

この間キスをされたときから、高杉の顔がまともに見られないのだ。
三人でいれば問題は無いのだけれど、二人になれば心拍数は上昇する。
どうしてかなんて分からない。
けれど見るたび、胸が甘く締め付けられて。

「急な話で…、悪かった」
「…いや。ここに転がり込んできたのは俺だから」

目線を合わせられないままにそう言えば、高杉がとすりと横に座った。
心臓がまた、とくりと跳ねる。

もしも「付いて来い」と言ってくれたなら、きっと土方は悩む事もなくそうしただろう。
けれど、そんなことが無いのは分かっているのだ。
彼らにとってこの戦は命がけで、自身の全てを賭けた大勝負で。
そこに土方を連れて行くなんていうリスクを背負うわけが無い。

分かっているからこそ、悔しかった。

小さく唇を噛めば、高杉の指がそっと土方のそれに触れる。
はっと顔を上げれば、彼はほんの僅かに微笑っていた。


「…昔、俺が唯一尊敬する先生が居たんだ」


何の話だと訊くこともできないほど、高杉の声は自嘲と寂しさに満ちている。
全てを悔いるように。
間違いだったと嘲るように。

「でもなァ…死んじまった。…殺された」

高杉が泣いているはずなんか無いのに、それでも泣いているのではないかと思った。
それほどに切ない、声。

「ひとりで天人の船に突っ込んでってよ…。手の平返した幕府に捕まってサヨナラさ」
「………」
「『あなたたちの住むこの国を護ります』っつって……帰ってこなかった」
「………」
「別れの言葉も言えなかった」
「………」

土方は何も言えなかった。
励ましの言葉も、同情の言葉も出てこない。
高杉も、そんなものは求めていなかったのだろう。
きっと彼が先生と呼ぶ人物の死は、高杉に咀嚼されて飲み込まれ傷になった。
癒える事の無いまま、癒す事の無いまま高杉は生きてきたのだ。

だから、と高杉は呟いた。


「俺は、先生の仇を取る」


柔らかく微笑った高杉は、きっともう全てを決めているのだろう。傷を癒すのではなく、傷の痛みに己を狂わす事を。
その眸に映る決意は揺れる事もなく燃えていた。
手を伸ばすことすらおこがましいほどの、きっと土方には到底たどり着けない境地。

「…死ぬなよバカ杉」
「酷ェなァ」

くつくつと笑うその胸に頭を預けてやれば、高杉は一瞬固まった後。



「…ぜってェ帰ってくるよ」



苦しいくらいに抱きしめてきて。




―――このまま時間が止まればいいのに。




溢れた涙に、その願いを込めた。
 
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