長編

□苦
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「そうかそうか!! 泊めてもらってたのか!」
「…いてェんだけど」

道場に連れ帰られた土方は、近藤に大方のことを説明した。彼らが攘夷志士であることは伏せて。
近藤ならば『ほぉ〜攘夷志士か!大丈夫だったか?おお大丈夫だったか!それにしても良かった良かった!』なんて軽く流してくれそうな気はするけれど、武州のはずれとはいえここは江戸に近い場所なのだ。誰かにポロッと零されても困る。

隣であっはっはと大笑いしながら肩を抱いてくる近藤の力はそれなりに強い。しかも、横目で見てくる子供――沖田だったか――の表情が異常なほど冷たい。殺気すら纏わせたそれを受け続けるのは結構辛いものがある。

「いやぁ全然来なくなっちまったから飢え死にでもしてんじゃねェかと気にしてたんだよ」
「死んでれば良かったんでさァ」
「こら総悟! 悪ィな、こいつ根はいい奴なんだが…」
「いや、別にいい」

怒る気も言い返す気もなくて、軽く溜息を吐きながら淡々と土方は答えた。



そして正式に土方はこの道場の門下生となり、









―――五年の月日が経った。


その長いようで短い期間に土方はミツバと出会い、近藤の道場の門下生が(数人)増え、沖田の剣の腕がメキメキと上昇して。
三年ほどで江戸へと出てきた土方たちは、道場を開き門下生を更に増やしていた。

けれど一方では、廃刀令が徹底され攘夷志士は窮地に立たされてもいた。本格的に天人が町を出歩き始め、初めは恐れていた人々もその光景に慣れてしまった。その所為で攘夷の勢い自体が風前の灯になっていたのだ。
攘夷戦争はもう終わった。けれど志士達はそこで諦めたわけではない。テロや犯罪と呼ばれこそすれど、現在も尚戦っているのだ。
土方は風の噂で、白夜叉と呼ばれた銀髪の男の話は聞いていた。それが銀時だろうという事も分かっている。ただ、土方と別れた一、二年後に突然姿を消してしまったらしく、消息は分からないけれど。
高杉のほうは、最近は何か大きな事件があれば名前を聞くようになっていた。彼が凶悪犯と呼ばれるのは複雑な気分だけれど、生きているのが分かるだけで十分だった。
生きていればいつか逢える。たとえ彼らが反逆者と呼ばれようと、近づくべきではない者とされようと、きっといつか。
高杉も銀時も、土方の知らないところで生きているだろう。そして今の世を生きてゆくだろう。
根拠は無かったけれどそう思える。それ程に彼らは強かったのだから。





そして、今。

一枚の紙に周囲は沸き立っていた。幕府から直々に良い知らせが届いたらしい。
近藤は恩人である。
土方本人としては攘夷志士たちをあっさりと捨てた幕府なんか壊れてしまえばいいとしか思っていないのだけれど、近藤が喜ぶのなら土方だって多少は嬉しいし、幕府直々の知らせというのに興味もある。
その紙を開き門下生達の前に立った近藤は、今までにないくらい嬉しそうだった。

「…じゃあいよいよ読むぞ」

わっと盛り上がる室内。
男しかいないむさ苦しい空間で、近藤はもったいぶって溜めに溜めて、そして。



「此の者達を幕府直属の組織『武装警察 真選組』の隊士とする。
職務は主に江戸の治安維持である。
犯罪人、攘夷浪士の確保を主に行うこと」




「…え、」



―――攘夷浪士の確保。


彼らだって、攘夷志士だった。
大切な人のために、国のために、命を未来を全てを賭けて戦って。
そしてあっさりと捨てられた彼らは、


ねぇ、一体どうなるの。



「これで俺達も認められたんだ!」
「国のために戦える!」
「幕府直々のお達しなんて中々もらえるもんじゃねェぞ!!」

回りの奴等が喜ぶ理由が分からない。否、きっと彼らにとっては土方の反応の方が分からないだろう。これは確かに栄誉なことで、自分達が認められた証拠で。
けれど土方は違うのだ。栄誉なんかではない。これはただの裏切りだ。

ここで近藤たちと別れれば、そんな苦しさからは逃れられるだろうか。裏切りだなどと悩むことも無く、また一人になるだけで。
けれど、土方はもう知ってしまった。
家族の、仲間の、そして―――近藤という一人の人間の暖かさを、知ってしまった。
今更独りには戻れない。
一人だった頃の思い出は、いつも寂しくて。



「なぁトシ!一緒に城行ってくれねェか」



笑って近藤が言う。
土方は彼と歳も近いし、剣の腕もそこそこある。何より沖田に次ぐ古株だ。このままここにいれば、上役のポジションにつくのは間違いないだろう。
どうすれば正解に辿り付けるのだろう。
どうすることが正しいのだろう。

頭の中に想いが巡って吐き気がする。
胸が鉛を埋め込んだように重い。

ほんの数年前まで、彼らは英雄として活躍し讃えられていたはずだったのに。この国はそう在るべきだったはずなのに。
流れに身を任せ今ある幸福に妥協して、どうして人は変わる。


彼らと肩を並べて歩きたかった。
優しい未来を願っていた。


あの別れの日にただひとつだけ赦されたかった願いは、色々な思惑と期待と、そうして自分に押し流されて。



「…分かった」



きっと、叶わない。










to be continued...
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