長編
□し
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あいしていたよ、誰よりも
第二幕 (いつまで待ったら君は、)
『なぁ、好きだよ』
いつか誰かに、言われた気がする。
悪戯っ子のような笑みで、どこか恥ずかしそうに頬を染めて。
けれどその顔が、どうしても思い出せない。言われたことは分かるのに、声が思い出せない。
思い出そうと足掻けば足掻くほど、記憶の残滓は嘲笑うかのように融けてゆく。
「……誰なんだよ…」
君を思い出す度、こんなに胸は軋むのに。
ばぁん!と大きな音を立ててドアを閉めた。
「やっべェ遅刻だろこれ完全に!!」
慌てて鍵を閉めて走り出す。
現在時刻は八時五分。ちなみにここから学校までは、走ったとしても三十分はかかる。が、今日は八時三十分には学校に着いていなければならないのだ。
つまり、五分は遅れる計算。
「くっそ…!」
ぐい、とくたびれてきた足に鞭を打って速度を上げた。
「あ、おはよーございます」
「おう、おはよう」
そんな会話の聞こえる現在、時刻は午前八時二十九分。
そして、学校は目前。
「どぉりゃあああああ!!」
校門に滑り込んだ瞬間、鳴り響くチャイム。
しかしそこで止まらず、職員室へと駆ける。
そして力一杯、扉を開く!
「おっそくなりましたァァァ!!」
「テメェェェ!!遅刻何回目だと思ってんだ!!」
「五回目だクソババァ文句あっか!」
「大有りじゃボケェ!!」
そう、今日は職員会議。
だというのに見事寝坊した銀八は、今年赴任してきたばかりだというのに遅刻五回という、衝撃の記録を達成したのである。
「…ったく。まぁ今日のところは許してやるかね」
「お、どうしたババァ。潮時か?」
「アンタのそのアホみたいな髪の毛全部抜いてやろうか?」
理事長であるお登勢にぎろりと睨まれ、銀八が軽く両手を挙げる。
お登勢はふぅと溜息を吐くと、空いている机を指差した。
「今日はまだバカ校長が来てないんだよ」
「こんにゃろ…」
だったら自分がこんなに全力で走る必要なんて無かったじゃねェか、と怒りで肩を震わせる銀八に、お登勢は冷たい視線を向けるのだった。