長編

□て
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あいしていたよ、誰よりも
第三幕  (希望と絶望の狭間)











がらり、開いた扉の向こうにいるのは、いつもと変わらない生徒達。
どうやら文化祭の準備をしているようだ。いつもよりも騒がしい教室が、今日はありがたかった。

「先生、メイド喫茶とバニー喫茶、どっちがいいと思います?」
「どっちにしても男共のコスプレネ」
「ええ!? そうなの!?」
「…お前ら準備早くねェ?」

文化祭は九月。まだ夏休み前だというのに、そんな事を決めるのは早すぎやしないだろうか。
けれどそんな銀八の予想に反し、答えはあっさりと帰ってくる。

「九月から決めたんじゃ間に合わないんでさァ」

答えたのは、サボり魔の沖田だ。出席日数ぎりぎりに授業に出て、そのくせ成績だけは無駄にいいものだから退学にもできないという、今から将来が怖い奴である。

「つーか沖田君がこんな一生懸命に何かしてるところを俺は初めて見たよ」
「授業以外には全力投球が俺のモットーでしてねィ」
「何その無駄な心意気」

けらけらと笑い声があちこちから聞こえる。
楽しそうな教室。けれどそれを見ているうちに、彼を思い出して銀八は目を伏せた。


…なァ、土方。
俺にはどうしたって分からないよ。
お前はどうして、ここから離れていったの。
こんなにあたたかい場所から、どうして―――


「先生!」
「…へ?」

ぼんやりと考えていると、突然近藤から声がかかった。
振り返って見た先、近藤の周りには、沖田や神楽、新八に妙――…。クラスの全員が、銀八をじっと見つめている。

「…え?」

なに、俺はとうとう殺されるの?というくらいに真剣な瞳に、思わず銀八が怯む。
けれど次に聞こえた言葉は、逆に驚かされるものだった。


「トシを、文化祭に出るように説得してください!」


真剣な声、真剣な瞳。

ああ、土方はこんなにも思われているのだと、そう思った。
けれど、ふと疑問が浮かぶ。

「…お前らが行った方がいいんじゃねーの」

そこまで考えているのなら、何故自分達で行かないのか。
土方とて、このクラスの人間を嫌っているわけではないはずだ。だってさっきも、このクラスの『声』を聞いていたのだから。
しかし、彼らは一瞬顔を見合わせ、少し迷うようにして口を開いた。

「…前に、トシちゃんの家にみんなで行ったアル」
「でも、帰れって言われちゃって…」

神楽と妙が、少し寂しそうに言う。
もう少し詳しく聞いたところ、土方が授業に出なくなり始めた頃に、一度土方に親しい者達で家へ行ったらしい。
何度も何度も声をかけて、ようやく開くドア。
けれど、聞こえた言葉は。


『帰れ』

『お前らには、分かんねェよ』


前日までからは想像もつかない、淡々とした声、冷たい眸――。
それを聞くうち、銀八は先程のことを思い出していた。


『聞いてたんですよ』

『声』


淡々と言う彼の目に、寂寥を感じたのは一瞬だったけれど。
それでも、もっと追いかけて話を聞くべきだったと思わずにいられないのは何故なのか。自分はこんなに熱い人間だなど、思ってもいなかったというのに。

「……」

はぁ、と沈んだ心を吐き出すように溜息を吐いた。
考えたところでどうしようもない。すべては、過ぎてしまった事なのだから。

だから今は、せめて残った可能性を。

「俺達じゃどうせ、会ってもくれやせんぜ」
「先生なら、流石のトシでも会うしかないって、みんなで考えたんです」

代わる代わる言う生徒達、彼らを見て、ようやく銀八は口を開いた。

「…分かった」

ただし期待はすんなよ?
軽く溜息を吐きながら言ったけれど、彼らは微笑っただけだった。
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