長編
□て
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その日の放課後、夕方六時。
銀八は、すでに土方の家の前にいた。
―――ピンポーン
インターホンを押すと、間の抜けたチャイムの音が家の中から聞こえる。
数秒して、目の前のドアががちゃりと開いた。
「よォ」
そこに居たのは、見紛う事なき彼。
土方は忌々しそうに眉を寄せると、銀八の顔を見て小さく口を開いた。
「帰ってください」
「嫌だ」
きっぱりと言ってやれば、土方が僅かに目を見開く。
きっと、あっさりと諦めて帰ると思っていたのだろう。今までなら確かにそうしていた。けれど今日は、そうではないのだ。
「土方、中入れて?」
「……っ」
きゅうと唇を噛み締めて、土方はドアを閉めようとする。
しかし銀八は、それに足を挟んで阻止した。
「俺は、土方と話がしたい」
「…俺は、したくない」
「先生の言う事は聞きましょうね、っと」
ドアを掴んでぐ、と力を込めてやれば、土方は諦めたのかドアから手を離した。
ち、と小さく舌打ちをした後、土方は家の中へ戻っていく。
「おじゃましまーす」
おどけたように声をかけるけれど、土方は振り返りもしない。
仕方なく、何も言わず後に続いた。
廊下を過ぎてリビングに入ると、土方はソファに腰掛けた。
土方は、ちらりと横目で銀八を見たあと、向かい側にあるソファを見る。
…座れということだろうか?
そう判断した銀八は、ソファに近づく。
土方も何も言わないから、きっと合っているのだろう。
「じゃあ、失礼して」
「……」
腰掛けると、きしりとソファが音を立てた。
しばらく待ってみたものの、土方が口を開く気配は無い。
沈黙のあと、銀八がようやく口を開いた。
「文化祭」
「……」
「あいつらが、土方にも来て欲しいんだと」
真剣な近藤たちの表情を思い出すと、思わず笑みが浮かんだ。
仲間のためにこれほど真剣になれるのは、きっと高校生の今だけだ。大人になれば、自分のことで精一杯になってしまう。
大人になった今だからこそ、その純粋さが羨ましいと思うのだ。
「なァ、学校来てくんねェ?」
土方のほうを見ると、俯いて僅かに肩を震わせていた。
泣いて、いるのだろうか。
きつく握り締められた手は、何かを堪えているようにも見えた。
「土方」
小さく声をかけ、土方に向け手を伸ばす。
あと数センチ、そこまで手が近づいた、その時。
「触んな」
顔を上げた土方の目に燃えるのは、いつか見た憎悪の炎。
銀八の手を振り払い、憎憎しげに叫ぶ。
「どうせもうすぐ終わるんだよ! なのにどうして今になって…っ」
「土方…?」
土方が何を言っているのか分からない。
ただ伝わるのは、底の無い闇のような絶望。
―――ねぇ、君は何を思っているの。
何をそんなに哀しんで、絶望して。
まだ終わりなんて、そんな事ないはずなのに。
けれど、銀八のそんな言葉が届くわけもない。
土方は俯いたまま、ぽつりぽつりと、小さく呟いてゆく。
「……こんなこと、今まで無かった…」
「…土方?」
「俺が変わってたら、何か変わってたのかよ…っ」
震える声は、何も分からない銀八にさえ苦しかった。
ああ、どうか苦しまないで。
願う事しか、無力な俺にはできないから。
「帰ってくれ…」
「……」
「帰れっ!!」
ぎ、と強く睨み付けてくる土方の瞳に、いつかの炎はもう無い。
代わりに揺れるのは、涙。
「…また、来るから」
絶対に諦めないよ。
君がきっと、幸せになれるまで。
振り返らずに、土方の家を出た。
帰り道、十分も歩いただろうか。
どくり、心臓が大きく音を立てた。
(―――…え、)
息ができない。
頭がぼうっとする。
心臓が、酷く痛む。
…ああ、終わりってこのことだったのかなぁ。
がくりと膝が折れたのを感じて、銀八の意識は途切れた。
to be continued...