CP無/OTHER

□小さな世界を
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第366訓 『デキの悪い兄弟を持つと苦労するが〜』派生話。











***











近いようで遠い記憶の中、血縁上では父であるその人はいつも笑っていた。
その隣にいた母も、いつだって幸せそうに笑っていた。
彼には時々しか逢えなかったけれど、それで母が幸せならば構わないと。
それが自分の世界だと、そう思っていたのだけれど。




土方の目の前、彼女の唇が小さく震える。
ああ、と吐き出される憎々しげな溜息。



「産まなきゃ良かった」

「アンタさえいなければ」

「消えてしまえ」

「あの人が来ないのはアンタの所為よ」



愛の失われた箱庭で、尚も母は彼を愛していた。
狂うほどに愛していた。


遊び人だったらしい彼がここに来なくなったのは、土方が六つになった頃だった。
体の弱い子供が産まれたらしい。いくら遊び人の彼とはいえ、それを放り出しておく訳にはいかなかったのだろう。妾だった彼女に土方を任せ、彼はここから姿を消した。



『―――どうして』



そう泣きながら繰り返す彼女の姿を、土方は今も覚えている。

手切れ金として渡された多額の金も、彼女にとっては何の慰めにもならなかった。
彼女が求めていたのは、ただひたすらに彼だけだったのだ。
その悲しみが憎しみへと変わるのも、あの頃から見ればそう遠くない未来だった。



『アンタさえいなければ』



母は弱い人だった。
彼の居場所を知りながら逢いに行くことも出来ず、その怒りともつかない苛立ちは全て土方へと向けられる。

土方を責めることは、きっと彼女にとって防衛本能のようなものだったのだろう。
愛する人に捨てられた悲しみと絶望。
きっと彼女は生きる意味を見失っていたのだ。

彼女は毎日のように酒に溺れ、土方を見ればその存在を責め嘆いた。
アンタさえいなければ。
そう呟き罵っては彼との日々を思い出し、そうして彼女は涙を零す。
蒼色の眸から溢れる透明な雫。

「……愛していたのに…っ」

切ないほどに声は揺れる。
その声を聞くたび、土方を責める彼女の表情を見るたび、心は酷く軋むのだけれど。

(嗚呼、)

それでも、土方にその涙を拭うことは出来なかった。
彼女は一人でいることを望んでいたし、何より自分が近付けば傷つけてしまうだけだと幼いながらに分かっていたから。



嗚呼、ねぇ、泣かないで。
ここにいるよ。
貴女を愛している。
だから、どうか泣かないで。



―――けれど、想いはいつも届かない。





痛みと憎しみの箱庭で、彼女はいつも泣いていた。




 
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