CP無/OTHER

□小さな世界を
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彼女が死んだのは、彼がここに現れなくなって二年後の事だった。
小刀で手首を切っての自殺。
きっともう、彼のいない世界には耐えられなかったのだ。
最後まで土方を愛すことなく彼女は逝った。





彼女の葬儀は行われなかった。
近所付き合いも親類も無かった彼女を見送ったのは土方だけで、きっと彼はこんな事知らないんだろうなんて思って苦笑した。だからといって、憎しみも哀しみも湧きはしないのだけれど。

―――だってこんなの、今更だ。

本当はずっと分かっていた。
いずれ彼女が選ぶだろうこの道を。
けれど見ないふりをして、未来を夢見ては現実から目を逸らして。

彼女の顔も姿も、笑顔も泣き顔だって全て思い出せるのに―――涙は涸れてしまったかのように、一滴として零れなかった。ただ心の中が空っぽになったような無力感だけが、土方の胸中を満たして締め付ける。
は、と震える息を吐いた。


(…護れなかった)


彼女の心を。


(守れなかった)


この小さな箱庭を。


ただひとつの願いさえ叶えられないまま、彼女は土方を置いていったのだ。
寂しさに耐えられず。
痛みに苦しんで。


―――愛を求めていたのは、きっと彼女も同じだった。















翌日、素朴な墓に彼女の骨を埋めた。
貰っていたはずの多額の金は彼女の酒代や食事代、あの家の家賃に消えていたから、彼女の好むような派手なものは買えなかったのだけれど。

墓の前にしゃがみこみ、『土方』とだけ記されたそれに触れた。ひやりとした固い感触だけが伝わってきて苦く笑う。
そういえば、土方は彼女の本当の氏も名も終ぞ知らなかった。
愛した人の想い出を一つでも多く刻みたかったのだろう、彼女はずっと土方の氏を使い続けたし、彼も彼女も名前を呼び合いはしなかったから。
今思えば、それは二人のルールだったのだろうか。それともただの枷だったのか。
それでも、彼女は彼だけをひたすらに愛していたのだ。
失うだけで壊れてしまったほど深く強く、彼女の愛は全て彼だけに注がれていた。土方に向ける愛など欠片も残ってはいなかった程。
けれどそれでも、土方に彼女を恨むことは出来なかった。
それは罪悪感か家族の情か、それとも。

「―――…」

緩く微笑んで首を横に振った。
彼女は選んだのだ。自分の意思で、ここに留まらない事を。
それが正しい事なのかは土方には分からなかった。これからもずっと分からないだろう。
けれど倒れた彼女は、酷く嬉しそうに笑っていた、から。
きっとそれでいいのだ。

ゆっくりと立ち上がり、目の前のそれを見下ろした。
この下で彼女は眠っているのだろうか。それとも、とうに彼の元へ行っただろうか。
何より、ねぇ、貴女はそこで、


(笑って、ますか)


誰かを憎むのではなく、愛して愛されて。
幸せになっているだろうか。

本当は、自分が彼女を悩ませ苦しめていた事なんてずっと知っていたのだ。
勿論、自分がいようがいまいが彼は彼女から離れていっただろう。
けれど、いなければ。
彼女は土方という重い枷にに悩むことなく、新しい生活を遅れたかもしれなかったのに。

「…ごめんなさい」

ごめんなさい。
ごめんなさい。
貴方を苦しめて、ごめんなさい。



だからどうか、これからは幸せに。



強く両手を握り合わせて目を閉じた。
 
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