隠文

□Good-bye
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元から、生きるべき場所が違ったのだ。
彼は幕府に仕える身で、銀時はそれに逆らって生きていた人間だった。
共に生きるなんて、きっと幻想でも過ぎた事だったのだろう。
それが分かって尚、自分は何も諦められてなんていないのだと苦笑する。

「銀時、行くぞ」

ああ、声をかけてきたこの男は一体誰だっけ。
君の居ない世界は、こんなに寂しいものだった?

ちちち、と、平和すぎるほど優しく鳥は鳴いている。
抜けるように青い空に、船はいつからか飛んでいなかった。
絶望に塗れた世界の片隅で、ぼんやりと銀時はその男を見上げる。

「…まだ引き摺っているのか」
「……」

引き摺っている。
そんな生易しい未練じゃなかった。
彼が、俺の全てだった。

「…なぁ銀時、あいつは、」
「やめろ」
「あいつは死んだんだ」
「やめろッ!!」

ああ、ねぇ、君が居ないなんて。
今でも信じようとしない俺を、君は馬鹿だと笑うだろうか。

あの頃をいくら思い出そうとしても、甦るのはあの日の君の表情だけなんだよ。

「必要な犠牲だった」
「…そんなモン、どこにもねェ」
「銀時」
「必要な犠牲なんて、無い」

必要な犠牲なんて、そんなもの認めない。
犠牲なしでは成り立たない世界の、一体どこに幸福があるというのだろう。
君が居ない世界の、どこに。







始まりは一年前。よく晴れた冬の日だった。

その時二人は、幸せだった。
土方はいつも忙しくて、なかなか逢えない事だって多々あったけれど、それでも時間を見つけては自分のところへ足を運んで来てくれるのが嬉しかった。
世界で始めて、こんなに愛した人だった。

けれど―――


『ッ、近藤さんっ!!』


―――幸せな日々は、終わりを告げる。

攘夷浪士たちの、一斉砲撃だった。
その攻撃を一身に受けた近藤は、治療の甲斐なく死んだ。
兆候なんてどこにも無かったのだと、あとで彼の部下は嘆いていた。
もっと早く掴めていれば、そう言ってその男は涙を流す。

近藤は隊士達の信頼を無条件に集めるような男だったから、大将を喪った彼らの怒りは尋常ではなかった。
涙を流し、拳を震わせ、唇を噛み締めて。
攘夷派なんて全員殺してやると、彼らは口々に叫んでいた。

嗚呼、あの時彼も嘆いていたのだ。
声も上げずに、静かに秘かに泣いていた。
陰で自分の不甲斐なさを呪っていた彼を、どうしてあの時支えてやれなかったのだろう。
言葉なんて、きっと要らなかった。
ただ抱きしめるだけでよかったのに。

悔やんでいる暇もなかった。
嘆きは怒りに変わり、怒りは力に変わる。
彼らは土方を筆頭に、攘夷派と徹底的に対立した。


けれど真選組の反撃も虚しく、攘夷派の勢力は日に日に増していった。

そうして、世界のすべてが変わる。


『手を貸せ、銀時』


そう言ってやってきた高杉は、銀時が素直に頷かない事なんて分かっていたのだろう。

人質は、かぶき町だった。

唇を噛み締め拳を握り締める銀時に、高杉はいつものように唇を吊り上げる。
愛しい人と、家族や仲間を天秤に掛けろ、と。そう高杉は言っているのだ。
嫌だという選択肢は無かった。

どちらかを選ばなければ、全てを失う。
どちらかを選んだところで、全てを失う可能性だってあったのだけれど。

『―――』

思い出したのは、くだらない日常ばかり。
かけがえの無い普通の、ごく平和な毎日。
けれど普通だからこそ、何より大切だった。
攘夷戦争という『異常』を体験した銀時には分かるその思いは、きっと何より大きくて。

だからこそ今、銀時に全てを手放す事は出来なかった。

苦渋と痛みに呑み込まれそうになりながらも―――頷くことしか、出来なかったのだ。
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