隠文
□そんな日常のサクリファイス
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ただ、幸せでいて欲しかった。
それだけの願いだったのだ。
『どうしてですか』
問うてきたのは、かつて俺の部下だった男。
無駄に明るくて、優しくて、少し馬鹿ないい奴だった。
『別にいいじゃないですか』
そんなに簡単に言う彼にムカついて、けれど少し羨ましかった。
自分にそれほどの短絡さがあったなら、きっと全ては上手くいっていただろう。
少なくとも、自分の世界だけは。
『俺だって正直、あの人好きですもん』
かっこいいし、そのくせ綺麗で可愛いところもあるし。
夢見るように語る彼の表情に、嘘なんて一片も見つけられなかった。
同時にそれはただの憧れなんだろうという事にも気付いてしまったけれど。こういう時、自分の役職が本当に嫌になる。
『当たって砕けろ、ですよ!』
砕けるのは嫌だなぁ、なんて当たり障りのない答えを返して、その日はそれで別れた。
また明日、と言って去って行った男に会う事は二度と無かったけれど。
(……好きです、か)
思い返して、心の中で呟く。
あの男の言ったように、そう告げることが出来ればどれほど楽だろう。
どうやって伝えればいいのかさえ、もう訊く事はできないけれど。
あの男はあの日、殺された。
『通りがかりの攘夷浪士』に殺されたとなっていたけれど、本当の犯人が誰かなんて調べるまでも無く分かる。
殺されたって仕方がなかったのだ。
あの男は罪を犯していたのだから。
裏切り者だったのだから。
幾度も自分に言い訳をして、自分が恋い慕う彼の行いを肯定する。
彼は誰にも知られたくないようだったから、いつだって知らないふり、気づかないふり。
それが正しい事なのかなんてどうでもよかった。
ただ、彼が平穏に、幸せに生きてくれればよかった。
それだけの願いだったのに。
苦しいんだと、彼は零した。
涙さえ流さず、自嘲するように、お前は全て知っているんだろうと諦めるように。
俺をじっと見つめてくる彼の眸に浮かぶのは、疲労と悲哀。
「―――…副長」
ねぇ、そんな顔をさせたかったわけじゃない。
本当に本気でアンタが大切で、護りたくて、だから何も告げずに傍にいたのに。
今になって、ああ、とようやく理解する。
何も変わらず幸せに生きて欲しいなんて、所詮戯言だったのだ。
彼を苦しめていたのは紛れも無く自分。
せめて、誰も知らなければ良かった。
彼は周囲を騙して自分を騙して、日常を保って生きていけたはずなのに。
知っている事を、知られてしまった。
ねぇ、それなら。
俺がここに居る意味は?
「…大丈夫ですよ」
アンタは何も心配しなくていい。
きっとアンタは知らないだろうけど、俺はいつか決めたんだ。
土方さんを守るためなら、何だってする。
たとえその為に、誰が傷つこうとも。
だから、
「副長は、俺が護りますから」
笑顔でサヨナラを。
そんな日常の
サクリファイス