隠文

□消したいくらいの記憶
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彼は優しい人だった。
優しすぎてどうしようもない人だった。
誰でも懐に入れてしまう人だった。
誰からも信頼される人だった。



世界で唯一、信じた人だった。






「松陽先生ェェェェ!!」






銀時が叫んだ。
桂はただ泣いていた。
自分は呆然と立っていた。

だって、信じられない。

燃える彼の家。幸せだった思い出。
沈みかけた夕陽が炎と混じって世界を赤く染め上げる。

さっきまで笑っていたあの人は、ねぇ、どうして今ここにいないの。

バキバキと音を立てて太い柱が崩れ落ちた。
それを合図にするように、見る見るうちに崩れてゆく彼の家。
それでも炎は止まらない。

周りに水場は無くて、駆けつけた大人たちも動こうとはしなかった。
どうして、なんて疑問は一瞬で消える。



(―――嗚呼、)



幼い自分にも分かった。
きっと、松陽先生は『殺された』のだ。
彼が何に関わっていたかは知らない。自分から関わったのか、無理やり関わらされたのかは分からない。
けれど邪魔になったのだ。

優しくて真っ直ぐな人だった。
間違った事が大嫌いで、相手の為なら自分が傷ついても構わないとぶつかっていける人だった。


だから、きっと彼は。



(…馬鹿馬鹿しい)



『己が魂の信じる道を行きなさい』

そう先生は言ったけれど、もっと上手く生き行く道はあっただろう。
それなのに、どうして。



どうして大切な人は、消えていくの。



「…松陽先生」



涙は、出なかった。













消したいくらいの記憶
(消えないのなら世界の終わりを)
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