銀時×土方
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夜の外気をなめて薄着で出てきたのがまずかったのだろう。家に着く頃には、銀八の体はすっかりと冷え切っていた。
悴んだ手で郵便受けを開ければ、そこにあるのは見慣れた白い封筒。
差出人の名前なんて見なくても、それが誰からの物であるかなんてすぐに分かる。
緩む頬はそのままに、はやる心を抑えて玄関の鍵を開けた。
拙い手紙のやり取りは、あれから一ヶ月ほど経った今でも続いていた。
今日はどんなことがあったとか、お前は今なにしてる、だとか。
ほんの些細な会話を積み重ねて、その文字に秘められる想いを読み取るのが、銀八にとっては何よりの楽しみだった。
今日はきっと楽しかったんだろうな、とか。
何か悪いことでもあったのだろうか、とか。
それはもどかしくもあったけれど、同時に酷く純粋でもあったのだ。
姿を見ることが出来ない分、想いは冷めるどころか熱を増してゆく。
―――逢いたい。
日に日に大きさを増すその想いは、時間に濾過されてどこまでも純化される。
いっそ片思いをしているような感覚を覚えて、銀八は苦笑した。
「あくまで恋人だもんな」
片思いの頃に戻るなんて、冗談でも想像したくは無い。
片想いだったあの頃、銀八は自分達の立場を意識しすぎるが故に手を伸ばす事を躊躇っていた。
教師と生徒。
そうである以前に、男同士。
想いを告げれば何かが壊れてしまうと分かっていたからこそ、かつての銀八は動くことが出来なかった。
教師と生徒のままでも良い。
だからせめて、壊れてしまわぬように。
適度な距離を保ったままの関係は楽しくもあったけれど、何より苦しかった。
そこに居るのに、触れられない。
そこに居るのに、伝えられない。
矛盾した苦しみは、じわじわと銀八を蝕んだ。
伝えてしまえば楽になれる。
そう囁く声を、幾度否定し続けただろう。
いっそ壊してしまえば、無理やりにでも自分のものにしてしまえたら。
それは酷く魅力的で、同時に恐ろしかった。
担任という地位を手放してしまいたくて、けれど離れることも出来なくて。
『―――…好き、だ』
土方が顔を真っ赤にしてそう告げてきたのは、土方達が三年に進級した春の事だった。
その時土方は、きっと否定されると、冷たく断られると思っていたのだろう。
だって銀八でさえそうだったのだ。
何かを壊す事が怖くて、動く事を恐れて。
けれど、土方は違った。
きっと死ぬほど悩んで、苦しんで、そうして出した結論がこれだったのだ。
若さだ、なんて一括りに出来ないほどの覚悟。
不安げに揺れる眸が、やけに愛しかった。
だから、
『俺も、だよ』
今までの悩みもこれからの苦労も全部忘れて、銀八はそう答えたのだ。
それはもう遥か昔の事のように思えるけれど、たった二年程前の出来事で。
最初からこうなると分かっていればもっと早く告白したのに、なんて苦笑した。
もっとずっと一緒にいたい。
溢れるほどの想いを胸に、銀八は白い封筒を開けた。
『坂田銀八 様
こっちでは、桜は大分散って葉が混じってきた。
田舎だからかは分かんねェけど、もう四月が終わるにしては結構長く咲いてたよ。
ついでにこの間、生まれて初めてカタツムリ見た。
そういえば、総悟にまた大学のレポート見せろって脅された。
どうにかあのクソガキ教育しなおしてくんねェかな。同じドS同士心通わせてさ。教師だろ?
じゃあ、レポートの続き書かないといけないから今回はこれだけで。
新しい生徒達にはきちんと授業しろよな。
ちゃんと教師頑張れよ。
土方十四郎』