銀時×土方

□黒曜の羊
2ページ/2ページ


一度だけ、アンタはそれで幸せなんですかと訊ねたことがある。
彼は哀しそうに微笑んで、きっとそうなんだと答えた。
ただ傍にいられたら、それが最善なのだと。隣に在れなくなることが、一番怖いのだと。

けれど、それを鵜呑みにすることは出来なかった。今はきっと失うのを恐れているだけで、失ってしまえばもう手に入れようとはしないだろうと思った。

だから今、きっと一生理解出来ないのだろう彼の気持ちを差し置いて、一生理解したくもない男の前に立っている。


【あいをつげるひと】


もう副長に近付かないでください。
賑わう街中で、開口一番そう言った。

「どうして」

訊ね返すその眸にはかつての強さなんて欠片も見当たらなくて、ああもうこの人はかつての坂田銀時ではないんだなぁと今更のように少し絶望した。そんなこと、もう知っていたはずなのだけれど。

今でも時々、いつかの幸せだった二人はどこに行ってしまったのだろうと考える。
些細なことで喧嘩をして、言葉もなく仲直りして。
それは、憧れてしまうほど優しい世界だったのに。

狂い壊れた男の前で、いっそ冷静になって口を開く。

「俺は副長が好きなんです。勿論人としてって意味で」
「……」
「その人が傷付けられてるのを黙って見過ごすなんて、俺には出来ません」
「…そう」

俯いて、彼は口元だけで笑った。
本能的に感じる危機に、反射的に刀を探す。
殺されるかもしれないと思った。
幾人もの血を吸ったその木刀に自分が斬られる映像が、やけに鮮明に脳内を駆け巡る。

どくりどくりと、心臓の音が身体中に響き渡った。
焦燥と閉塞感に逃げ出したくなるけれど、足どころか指先一つ動かすことは出来なかった。僅かでも動いたら終わると、本能が告げている。
息が詰まるという表現が嘘ではないのだと初めて知った。幾多の修羅場と戦場から生き帰ってきたけれど、これほど無条件に怖れる相手なんて初めてだった。

息が詰まって、止まる。
十秒か一分か一時間かも分からないような時間が過ぎて、 ようやく彼は視線を上げた。
嗤うようにこちらを見つめるその姿は、餌にもならない動物を見る肉食獣のようで。

「―――ジミー君はさ、幸せって何だと思う?」

唐突に問われたそれに、酷く戸惑った。
何と答えればいいのか分からなかったし、何より今の彼は幸せと縁遠い所にいると思っていたから。
緊張と混乱で動きの鈍る頭を叱咤して、必死に幸福の意味を探り出す。

「…好きなことしたり、誰かに誉められたりとか、ですか」
「うん。それは紛れもなく正解だと思うよ、一般的には」
「……」

それはあなた達もそうだったでしょう。一般的にそれ以上に、幸せだったでしょう、と。
本当はそう問いたかった。
けれど、否定されるのが怖くて。
憧れてきたものが、瓦礫も残さずに崩壊し消滅していく。

「けどよォ、幸せって偽善的だと思わねぇ?」
「なんでですか」
「お互いの幸せ押し付けあって、自分はこれが幸せだからお前は幸せだ、自分は不幸だからお前は不幸だ、なんてさ」
「…それは」
「感情は共通するモンじゃねぇんだよ。嬉しいとか悲しいとか、他人のそれを知ってるヤツなんていねーだろ」

正論だった。
正論すぎて嫌になるほど、彼の言葉は冷たくて。

「確かに俺達の幸せは、一般的な幸せとは違うかも知れねぇ」
「……」
「でもさ、」

そうして、彼は勝ち誇ったような表情で天を仰いだ。
お前には分からないだろうけど、と。



「でも、これが俺達のあいなんだよ」



 
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ