高杉×土方

□拾い物
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月明かりの綺麗な夜。
久々日常に降りた高杉は、ほろ酔い加減で町を歩いていた。
時刻はもう、午前二時を過ぎるだろうか。この時間になると人目も少なく、多少誰かとすれ違ったとしても顔まで見えはしないだろう。
珍しく上機嫌で歩みを進めていた、そのとき。

「…何だァ?」

見つけたのは、地面に足を伸ばして座り込む、一人の男。
その眸は眠るように閉じられ、男にしては長い睫毛が月明かりにちらちらと瞬いている。

「オイ?」

本来ならば、声など掛けるべきではない。
なぜなら自分は攘夷浪士で、この男の素性も何も分かっていないのに。

―――それが分かっていて尚、高杉はその男に近づくのを止められなかった。
この世の物ではないものを見るような、あまつさえ引き寄せられるような。そんな、不思議な感覚。

「…起き、ねェのか」

次第に近づく距離。
膝を折れば、その男の顔が目の前に迫った。
薄く開いた唇が、酷く美しいもののように思える。

自分は、何をしようとしているのだろう。

それが分からなくて―――分かりたく、なくて。
光に引き寄せられる虫のように、自分の意思とは関係のないところで体が動いてゆく。
―――嗚呼、

「…綺麗だ」

酔っているからだ、と自分に言い訳をして。

音もなく合わさった唇は、微かに甘い気がした。





ゆっくりと意識が浮上していく。
あたたかな水の中にいるような感覚は、次第にはっきりとした形をともない、自分が眠っていた事を気付かせた。

「……」

不思議な、夢を見た気がする。
けれどここはいつもの自室で、窓の外を見ればここは既に雲の上で。
―――あの男など、いる気配もない。

「…しょうもねェ夢だな」

夢は願望を表すというけれど、だったらあれは何なのだろうか。自分に男色のケは無いはずだけれど。
そんな事を考えながら、部屋を出て。
目の前にいたのは、黒い着流しを着た男。

「おはよう、晋助」
「あア、お早う」
「テーブルの上、朝飯おいてあるから」
「分かった」

促されるままに座って、箸を手に持つ。
目の前に用意されたのは、白飯と焼き魚、卵焼きと味噌汁という、なんとも日本らしい朝食だった。

「こんなモンで悪いけど…」
「いや、十分じゃねェか」
「そうか?」

少し照れたように笑うその表情を、柄にも無く可愛いと思った。
―――可愛い?
いや、どう考えても男に形容する言葉じゃないだろう。
というか、それ以前に。


この船に、こんな奴がいたろうか。


(…イヤイヤ待て待てアレはないアレはない)

そう、そこに居たのは―――どこからどう見ても確実に、昨夜の男だった。

どういうことだ。
何故あいつがここにいる。

「晋助?」

きょとりとした声が聞こえてくる。
その声を可愛い、なんて形容してしまってから、高杉は慌てて頭を振った。
何故だ。
昨日の夜から、どうも自分がおかしい―――というか、自分を取り巻く世界がおかしい気がする。
あいつは勝手について来たのか。
それとも、自分が連れてきてしまったのか。

「何でお前ここに…」
「? 覚えてねェのか?」
「覚えてって………あ」

長い思考の後、ようやく思い出した事実。
そうだ、自分はあの後―――





ゆっくりと唇を離した高杉は、目の前に現れた薄い青色の眸に瞠目した。
―――目を、覚まされてしまった。
しかも寝ている間に男にキスされていたなんて、気持ち悪い以外の何物でもないだろう。

「あ、あーと、これは、だな」

何とか誤魔化そうと必死になっている高杉を尻目に、そいつは僅かに微笑った。
何事も許容してしまうような、そんな優しい表情で。


「名前を、付けてください」


なんてのたまった。

「…は?」
「起動開始から二十秒以内に、名前を付けてください。あと十秒です」
「はァァァ!?」

高杉が叫ぶ間にも、無常にもカウントダウンは始まっている。
名前―――そんなのいきなり付けられるはずもないじゃないか!

「八、七…」
「ちょ、待てって!」
「六、五…」
「名前…名前…」

唐突過ぎる事に巻き込まれると、一つの事しか考えられなくなるのだろうか。
焦りに訳が分からなくなる頭で見つけたのは、彼の首筋に見つけた『1046』の文字。

「とっ、十四郎!」
「…十四郎」

微笑した彼―――十四郎が、僅かに目を伏せる。
そうして、高杉の顔に己のそれを寄せて。
――― 一瞬だけの、二度目の口付け。
高杉がそれに驚く暇もなく、十四郎は立ち上がっている。


「あなたを、主人と認証しました」


どうして名前が無いんだとか、主人って何だとか。
言いたい事は沢山あったはずなのだけれど。

「…ああ」

口から出たのは、それだけだったのだ。





(―――思っくそ自分の所為じゃねェかァァァ)

愕然となりながら、テーブルに突っ伏した。
確かあの後、二人で(!)この船へと帰ってきて、不思議そうな顔をする万斎たちさえ無視して自室へ戻ってしまったのだ。
否、もしかすると、『俺のだから気にするな』くらいの事は言った気がする。

「嘘だろ…」
「晋助、眠いのか?」

どこかずれた事を言うそいつを見上げるけれど、やはり何度見ても十四郎な訳で。
仕方なく大丈夫だと呟けば、十四郎はやっぱり優しく微笑って良かったと返すのだ。
―――嗚呼、やっぱり、どうにかなってしまったのは自分かもしれない。
この男が可愛い、なんて。

「…晋助、少し良いか」

十四郎の後ろから現れたのは、万斎。
いつものポーカーフェイスを苦悩に変えて、十四郎を指差す。

「んだよ」
「十四郎殿の事だが…」

気まずそうに口を開けては閉じてを繰り返し、一つ大きな溜息を吐いてようやく話し出す。


「…人間ではない」


「………は?」

言っている意味が分からない。
人間でなければ、一体何だというのだ。
いつもの無表情の下混乱する高杉をよそに、万斎は言葉を続ける。

「アンドロイドでござる」
「…アンドロイドって、あの」
「その」
「……」

普段ならばふざけてンのかと怒るところだけれど、今はそんな気も起きない。
十四郎のほうを見れば、先程と変わらない微笑を浮かべている。

「起動には条件があったようなのだが、それを晋助が満たしたらしいのでござる」
「…ああ」

キスしましたがそれが何か?
ほぼ逆ギレ状態の高杉だが、それが表面化しないのは混乱ゆえか。
いっそ冷静になった頭でそう考えて、ひとつ息を吐く。

「まぁ、世話は晋助に任せるでござるよ」
「あァ―――ってオイ!!」
「お主が拾ってきたのだから、お主が面倒を見るのが筋でござろう?」
「うぐ…」

確かに成り行きとはいえ、拾ってきて船に乗せたのは高杉だ。
反論も出来ないまま、必要な事を言い終えた万斎はすたすたと歩いていった。

「万斎め…」

遠くなっていく万斎に悪態を吐くけれど、やはり足を止める事は無く、高杉の視界からあっという間に消えていった。
後に残ったのは、高杉と、未だ湯気を立てる朝食と。

「晋助、これからよろしくな?」

僅かな不安を孕んで微笑する、彼。
―――アンドロイドでも、こんな表情をするんだな、なんて思って。

「…よろしく、な」

こんな生活もまァいいか、なんて思えた。





Fin
+++
Q10 派生


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