高杉×土方

□王様人形
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そこは、緑の多い国だった。
自然に囲まれ、優しい光に満ち溢れた―――



―――地獄の、王国だった。



そして世界の崩壊を



その国は、人々を虐げることにより文明を発展させてきた。
国は人々のためでなく、王族の為に存在した。
人々の自由は全て、国のために奪われた。
王族の人間にとっては自分達の生活が全てで、きっとそれ以外の人間など物としか見ていなかったに違いない。

そうして彼は―――その箱庭に囚われていた。

もしかすると、そう思っていたのは、本人を除けば晋助だけだったのかも知れぬ。
確かに、彼の望む物は総て手に入ったし、彼を蔑む者も哀れむ者も居ない。
けれど、彼に自由は無かった。
どこまでも区切られた檻の中、彼は王として過ごす事のみを教えられていた。

どこまでも高貴に。
どこまでも傲慢に。

全ての我侭は赦され、少しでも彼を悪く言おうものならば、どんな人間であろうとその場で粛清された。
その世界が彼には全てで、そんな『シアワセ』が本物だと、彼は―――十四郎は、疑うことすら赦されなかったのだ。

たとえ十四郎本人が、それを厭ったとしても。


『なァ、十四郎』


そんな世界でただ一人、十四郎が無条件に信頼を寄せているのが晋助だった。
十四郎のたった一人の肉親であり、双子の兄。
本来ならば、戸籍上長男となるはずの晋助がこの国を治めるはずだった。
けれど―――晋助の、喪われた左目。
その眸の所為で、生まれ落ちた瞬間に彼は王位を継承する機会を永遠に失い、そして十四郎へと受け継がれた。

十四郎は、王に。
晋助は、従者に。

その顔が似ていなかったことが、唯一の救いであったのかも知れない。
二人が兄弟である事は他の誰にも知られず、両親も二人を取り上げた産婆も亡くなった今では、ただ二人の秘密になった。
けれどこの秘密は、甘く優しい物ではなかった。
ただ幼い二人を縛り付け、苦しめるだけの、そんな存在でしかなかったのだ。


両親に代わり王となった十四郎は、この国の全てを変えようとした。
虐げていた人々を解放し、自由に幸せに暮らせるように、と。
しかし、それは叶わなかった。
王宮に勤めていた人間達は、今の生活を手放したくないが故にそれを黙殺し、そして―――


『王は、皆より税を徴収しろと仰った!』

『王は、皆を鉱山に出向かせろと仰った!』


有りもしない『傲慢な王』の像を、大人たちは作り上げたのだ。
十四郎は『王』とは言え、未だ完全にその権力を手にしているわけではない。
子供と見做されている事で、周囲にはいつも意地悪く笑った大人が張り付き、十四郎を見張っていた。
十四郎の小さな一言よりも、国民は堂々と発表される大人たちの『王からの言葉』を信じたのだ。
そんな事言ってない、そんな事しなくていい、と十四郎がいくら言ったところで、国民達にその言葉が伝わる事は無かった。
彼は国民を想うのに、国民は彼を憎む。
けれど十四郎と晋助には、この王宮しか居場所など存在しない。
だからこそ、今にも逃げたしたかったはずなのに、十四郎はそこに在る事しか出来なかったのだ。




「…もう、嫌だ…」

二人が十五になったある日、十四郎は晋助にそうそっと呟いた。
震える息を吐き出すように―――か細く、今にも消え入ってしまいそうな、そんな声で。

「十四郎…?」

今まで、彼がこんなことを言ったことは無かった。
大人には見せられない、心の弱み。
言ったところでどうにもならないことも、晋助を苦しめるだけだという事も分かっていたのだろう。
けれどきっと―――もうそんなことを気にしていられない程に、彼は追い詰められている。
それが分かってしまって、晋助は柄にも無く黙り込んだ。
何を言っていいのかすら、分からなかった。

かつてこの世に存在していた二人の両親にとって、全てが自分以下であり、そして家族ですらも信頼の置けない人間だったのだろうことは、幼い頃の二人にも分かっていた。
晋助は、全てを諦めていた。
親の愛を得る事も、この国を救うことも。
けれど十四郎は、表面上をどう取り繕おうとも、諦めて放り出してしまう事は出来なかった。
いつかは全てを救えると、そう信じていたかったのかも知れぬ。

しかし元より彼は、人を虐げる事を得意としなかった。
その素質はむしろ晋助にのみ受け継がれ、十四郎は自分を―――否、自分達を護る為に心を磨り減らしていった。
そうして、彼が全てを受け継ぐより早く、純粋に透き通っていた彼の心は傷つき、ひび割れてしまったのだ。

「……もう、無理だよ…」
「――――」

ぽつりと、十四郎はほろほろと涙を流しながら呟いた。
もう苦しいのだと、こんな場所には居たくないのだと。
小さな声に乗せて零れ落ちる絶望は、晋助の心をも蝕んだ。
息苦しさにも似た胸の痛みが、彼を襲う。

―――護りたい、とそう強く願った。

「…もう少しだ」

あと三年が経てば、王位は完全に十四郎に継承される事になっている。
そうしたら十四郎の一言で、自分達は動き出すことが出来るのだ。

「俺はまだ、あいつらに敵う力はねェけど」

君にもまだ、何かを変える力は無いけれど。
いつか必ず強くなって、絶対に君を守るから。
その日をどうか、待っていて。

「俺達なら、何とかできるだろ」

いつものように、わざとらしい程ふてぶてしく、晋助は笑った。
ほろほろと十四郎の眸から溢れる涙を、晋助は指の腹で拭う。

「きっと、二人で生きられる」

けれどそんな夢のような希望を語るたび、十四郎は泣き出しそうに笑うから。
見せ掛けの楽園で、晋助はそっと十四郎の細い身体を抱きしめた。




この世界が終わっても、
君だけは笑っていますように。







to be continued... 

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