高杉×土方

□贋物人形
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二人で幸せを掴みたいと。
そう願ったのは、嘘じゃなかったんだよ。



消えた未来の絶望に

 

「―――うそ、だ」

何より信じたくない言葉は、誰より信じていた人の口から告げられた。

「嘘じゃない」

そう言った晋助の眸は酷く真剣で、嘘なんて欠片も見当たらなかった。
頭の奥が熱くなって、何も考えられなくなる。

お願いだから、嘘だと言って。
もう少しで、終わるはずだったんだよ。
そうしたら全てが変わって、きっと二人で生きられる、こんな世界を終わらせられるって。
そう信じたから、こんな真っ暗で汚い世界を生きてきたのに。


「…もうすぐ、この国は終わる」


自分に言い聞かせるようにゆっくりと、もう一度晋助は言った。
心が、きしきしと啼く。

部屋のすぐ外で響くのは、大砲や鉄砲の音、人々の悲鳴。
領土を増やすため、と言って至る所で戦争をさせられていたこの国の兵達が、今の国民に敵うとは思えなかった。

「もうここにも追っ手が来る」

そう言った晋助の右目には、一体何が見えているのだろう。
いつも自信気に輝いていたはずの眸には、ごく僅かの悲哀が浮かんでいた。

「だからお前は扉の裏に隠れて、」
「いや、だ…」
「隙を見て、逃げろ」

そんな事をしたら、晋助がどうなるか分からないはずは無かった。
それでもいいと、思っているのだろうか。
それでも十四郎さえ助かれば、いいと。


―――ねぇ、僕は君と、生きてゆきたいんだよ。


「俺、が、」
「駄目だ」

俺が捕まる、と言いかけた言葉は、やけにきっぱりとした晋助の声に阻まれた。

「……お前には、笑ってて欲しい」

そう言って、哀しげに彼は笑った。
もう逢えないから、と言外にその言葉は語る。

「――――…」

本当は、そんなこと言って欲しくなかった。
だって、例えそれがどんな決意の現れであろうと、十四郎にとってはただの別れでしかなかったのだ。

どうして君は、笑うの。
僕を置いてゆくくせに。

けれど何か言おうと口を開く前に、晋助は十四郎の腕を強く引いた。
いきなりの行動にバランスを崩しかけた十四郎を支えて、そのまま扉の横へと立たせる。
硬く冷たい壁の向こう、ドォン、と重く鈍く、終わりが近づく音がした。

「…どうして」

嗚呼、ねぇ、どうして。
どうして、こんなことになったのかなあ?
ただ二人で一緒に生きていければ、それだけで良かったんだよ。
他のものなんていらなかった。
国も権力も、何もいらなかった。
ただの子供で在れたなら、きっと自分達は幸せに暮らせていたのに!

けれど晋助は、十四郎の呟きには答えなかった。
苦しそうに眉を顰めたその表情は、今までに見たことが無いような気がして。
周りの喧騒が嘘のように、静まり返った二人の隙間。
次第に、ゆっくりとその距離は縮まって、


触れるだけの、優しい口付け。



「…きっと、あいしてた」



―――それはきっと、禁忌だった。

想う事すら赦されない関係の中、けれど閉ざされた小さな空間で、確かに十四郎にもその思いは宿りかけていたのかも知れない。
それでも十四郎は、最後の一線を越えることが出来なかった。
今ある何かが変わる事を恐れて、無意識のうちに気づかない振りを続けていた。
けれど晋助は、そうではなかったのだろう。
強く気高く、傲慢な気性を持つ彼は、静かに自分の想いを認めて、そしてそれを十四郎の為にひた隠した。
想いを隠すことがどんなに辛いか、十四郎は知っている。
言葉にしたところで何も変わらないのは分かっているのに、それでも胸の内に秘めておくのは、息が出来ないほどに苦しいのだ。
けれどそれでも、ただ隣に在りたいと、十四郎が望んでいるのを知っていたから。
だから晋助はそれを押し殺して、ただ、隣に。

どくりどくり、大きく鳴り響く心臓の音が、終わりが近づいてきた事を告げている。
どこまでも交わらない、苦しいほどに純粋な想いは、身動きも取れないほどに自分達を縛っただけだった。

「……じゃあ、な」
「―――っ」

心臓が、赤く焼ける鉄でぐちゃぐちゃと掻き混ぜられているようだった。
吐く息が、熱を伴って震える。
目の奥までが熱くなってしまって、視界がじわりと歪んだ。
嗚呼、ずっと一緒に居たいと、願ったのはそれだけだったのに。

ほとりと堕ちた涙は、もう誰にも拭われなかった。

次第に苛烈さを増す戦の中、ドォン、と一際大きな音が響いて―――



世界の終わりが、始まった。








to be continued...  

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