高杉×土方
□そして僕らは
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「突入」
冷えた声でそれだけを告げた。
走り出す彼らは僕の事を信じてしまっているのだろう。
ごめんなと嗤った。
高杉と出会ったのは、もう二十年以上も前だった。
故郷を同じくする俺達は幼馴染で、周りの大人達が心配するほど仲が良かった。
他の人間なんて要らなかった。
二人でいられれば幸せだった。
この日々がずっと続けばいいと願っていた。
―――けれど、時は過ぎる。
毎日毎日一緒に遊んで一緒に学んだ俺達の日々は、二人が十五になるまで続いて、そして離れ離れになった。
とはいえ、大人の所為で引き裂かれた、なんて物語りじみた過去を持っている訳ではない。誰かに復讐をしようとか、共に生きていこうなんて約束もしていなかった。
ただ時は流れて、何があったわけではないけれど自然と二人は別れて。
高杉は攘夷志士に。
俺は真選組副長に。
そうなっただけ。
だから五年ほど前、真選組が出来たばかりの頃。
橋の上で再会した俺達は、敵でもなんでもなかった。
「久しぶり」
「二十年ぶりか?」
「それぐらいだな」
そんな話をして笑う。
それで終われば、良かったのだろうか。
歯車が狂ったのはこの時からか、それともずっと狂いっぱなしだったのか。
高杉は被っていた傘を外した。
「手伝ってくれねェか」
「何を」
「攘夷のお仕事」
そう言った高杉は笑っていたけれど、冗談だけでないだろうことは分かった。
仮にも真選組は幕府の一部だ。そこから情報を引き出せれば攘夷には大きな足がかりになる。
俺は少しだけ悩んで、
「いいよ」
それだけ言った。
選ぶのは簡単だった。
真選組と高杉を天秤に掛けて、重かったのが高杉側だったというだけのこと。
近藤さんたちを大切に思っていないわけではなかった。
俺を救ってくれたことに恩は感じていたし、今まで生きてこれたのも近藤さんや真選組が在ったからだというのも分かっている。
けれどそれ以上に当たり前に、高杉が大切だった。
裏切りなんて思わなかった。
今だって思ってないよ。
五年越しの計画は完璧だった。
真選組がどこからどう突入するかも、誰から切り崩すべきかも、彼らの利になる情報は全て高杉に伝えていたのだから。
これが成功すれば、世界は変わる。
君の望みがそれだというのなら、僕はそれを叶えよう。
汚れた君と汚れた僕。
ようやく二人は釣り合うでしょう?
血に染まった部屋に入る。
倒れているのは一体何人になるだろう。
高杉の一派に囲まれて、総悟だけが辛うじて立っていた。
「よう」
「……土方、さん…?」
この場に不釣合いなほど軽く声を掛ければ、呆然とした彼の眸が俺を映す。
その体は血に塗れていて、見ているだけで痛々しかった。
「…え、なんで今、」
震える声で呟いて、そうして総悟は無理に笑う。
嗚呼、全てはもう分かっているくせに。何かを信じたくない時の彼の癖だ。
そんな所まで分かっている自分にも、心が欠片も痛まない事にも笑えた。
「俺はお前らの味方じゃないから」
だから、微かに笑って全てを肯定する。
総悟の表情が凍りついた。
引きつった笑顔のまま何度か口を開閉して、けれど言葉を紡ぐことなく閉じられる。
ずっと味方じゃなかった。
敵でもないつもりではいたけれど、彼らから見ればこれも裏切りと呼ぶのだろうか。
俺の横まで歩いてきた高杉が薄く嗤う。
「登場が遅いじゃねェか」
「悪ィな。外にいた雑魚共片付けてたら時間食っちまってよ」
「雑魚ねェ」
くつり、高杉が笑う。
嘲笑ではなく、ただただ面白そうに。
「酷ェなァ。仲間じゃねェのかよ」
「仲間なんかいねーよ」
いるのは君と、利用できる人間と、敵だけ。
それだけで僕の世界は完成する。
それでいいと決めたんだ。迷う必要なんて見当たらなかった。
総悟の唇が小さく震える。
「なんで…どうして、アンタ…」
「煩ェガキだな」
悔しそうに辛そうに吐き出された総悟の言葉を、高杉が淡々と遮る。
冷たいとも酷いとも思わなかった。
もしかしたら、心なんてとっくに壊れていたのかもしれない。
当たり前に自然に、ずっと昔から俺の世界は決まっていたのだ。
「ずっと騙されてたんだよ。気付いてンだろ?」
「…嘘ですよねィ、土方さん…?ねぇ、だってアンタずっと、」
「嘘じゃない」
嘘じゃなかったよ、何もかも。
真選組を大切に想う心も、高杉と共に生きようと願う心も。
きっと何も嘘じゃなかったんだ。
「土方、コイツ殺すぞ」
「そうだな」
「…ぇ、」
嘘でしょうと視線が語る。
けれど高杉は躊躇せずに刀を振り下ろして、
赤色が舞う。
総悟は重力に逆らわず、冷たい床に倒れた。
…―――嗚呼、これで全員。
「土方行くぞ」
「おう」
ごめんなと心中呟いた。
ただそれだけが終わりだった。
end