山崎×土方

□カンパニュラ
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夜の闇と雨の中で、軽く斬りつけられた右腕を押さえる。
俺を待っていた副長は、酷く哀しそうな表情をしていた。


「…山崎」


嗚呼、声が少し震えている。
それはそうだ。こんな寒い中隊服で、しかも傘さえ差していないのだから。
普段からあまり良くない顔色は、いつもより酷い。

「俺は前に教えただろ」
「ええ、色々教わりました」
「敵に気付かれずに内通する方法、覚えてるか」
「もちろん」

覚えているに決まっているでしょう?
貴方から貰った言葉の全て、一つたりとも忘れやしない。

きゅ、と副長が唇を噛んだ。
眸が少しだけ翳るのは、逃げてしまいたいと嘆く彼の声。
ふと、人を斬る瞬間の彼の表情が頭をよぎった。

「…なら、どうして失敗した」
「何のことです?俺の仕事成功率は百パーセントですよ」
「証拠を残したの、わざとだろ」
「―――さぁ、どうでしょうね」
「山崎っ」

嫌だなぁ、いつもみたいに怒鳴ってくださいよ。調子狂うじゃないですか。鬼と呼ばれているくせに、アンタはこういう場面に弱いから困るんだ。

「お前はいつも、俺が教えたより一歩先をこなした。だから今まで潜入が気付かれたこともないし、情報も正確で信頼できた」
「誉めすぎですよ、照れます」
「そんなお前が、姿を見られるなんて初歩的なミスをするはずがない」

彼の視線が、俺の心を緩く刺す。
少しだけ、微笑ってみせた。

「…いえ、あれはミスですよ」
「そんなはず、」
「俺だって人間ですよ?失敗くらいします」

そう、これはミスだった。
初歩的で致命的で根本的な、取り返しがつかないほどの。



「いやぁ、山崎退最大の不覚ですよ。まさか真選組の機密ファイルを持ち出すところ、副長に見られてたなんて」



だから、そう言って笑った。
逃げないでくださいと思いを込めて。

「―――…っ」
「…どうして泣くんですか」
「泣いてねぇ」
「泣いてますよ。俺の視力が良いの、アンタは知ってるでしょう?」
「雨が目に入ったんだよ」
「…じゃあ、その雨に紛れて、」


早く殺してください。


「……」
「あ、痛いのは嫌なんで、一瞬で終わらせてくださいね。既にほら、最初に斬られた腕も痛いですし」
「…馬鹿」

痛いのはこっちだと泣きながら、副長はぎこちなく笑った。















ねぇ、副長?
誰にも弱さを見せなかったアンタが、俺の為に、俺の前で泣いてくれたこと。
それは凄く、嬉しかったんですよ。
だからどうか、もう悲しまないでください。
悪いのは全部俺なんですから。アンタは職務を全うしただけなんですから。
まぁこんなこと言ったって無駄なのは分かってますけど、ただの自己満足なんで許してください。






ああ、俺の一番の失敗はきっと、貴方を愛したことでした。





 

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