BL短編

□偽装恋愛
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「会長、あなたが好きです」

 その生徒の口から出た言葉と、会長が起こした行動に、食堂にいた生徒たちは一斉にピシリと音をたてて固まった。

 ぎゅ

「俺も、愛してるぞ」

 会長は嬉しそうに笑って、告白してきた相手を抱きしめた。

 そして抱きしめられた生徒は顔を真っ赤にして、涙の浮かぶ瞳で生徒会長を見上げた。

「ゆ、夢じゃないんですよね?(てめぇ俺を絞め殺す気か?)」

「ああ。もう離さない(はぁ? この程度が苦しいわけ?)」

 周りからはハートの飛んでいるようにしか見えない2人は、

「嬉しいです、会長!(自分の力加減も分からんようじゃ、てめぇに安(ヤス)は渡せねぇな)」

「会長なんて呼ぶんじゃねぇよ(はっ安は俺のものに決まってんだろ)」



 仲が悪かった。









偽装恋愛









 ことの始まりは、1人の生徒だった。

「やばいよやばいよここ、素敵すぎるぜコンチクショー!」

 そう叫んで、自分ワールドをキラキラと展開していたのは、高校一年。速水安(ハヤミズヤス)。

 彼はここ、城崎高校の新入生の1人だった。

「速水うるさー」

「だってよ良太! ここ素敵すぎるんだよコンチクショー!」

「それはさっき聞ーたー」

 中学も同じの友人、清水良太(シミズリョウタ)に、速水安は詰め寄った。

「男子校選んでよかったよな!」

「それは昨日聞ーたー」

 彼ら2人がいるのは、校舎の裏という何とも孤立した場所にある土管の上。

 休み時間の間に教室を抜け出し、只今絶賛オサボリ中。

「オレさ、オレさ! この学校ならぜーったいにオレと同じ人いると思うんだよ!」

「ふーん」

 目をキラキラさせて語る速水に、清水はとりあえず相槌をうつ。

「良太もさ、萌えとか言ってる奴見かけたら教えてくれよ!」

「えー」

「お前だって、自分の萌えポイントとか仲間と語り合いたいと思わない?」

 速水の問いに一瞬考えるも、

「僕の萌えポイントってマイナーだし。語っても分かってもらえないと思う。それに面倒くさい」

「あーっと確かお前の萌えポイント。っていうかシュチュエーション? って、"腐男子が幼なじみの平凡を攻める"だったよな?」

「そー。僕らが幼なじみだったら、僕速水のこと好きになってたよー」

「じゃあ今は嫌いなのか?」

「嫌いなはずないでしょー?」

 清水はそう言って、腕を伸ばし、隣に座る速水の顎に手をやった。そしてそのままゆっくりと、速水の耳元に自分の口を寄せる。

「こんなに可愛いのに」

「〜〜っ!」

 清水はわざと甘い声で囁くと、速水は顔を真っ赤にした。

 そのあまりにも初(ウブ)な反応に、清水はクスクスと肩を揺らした。

「やっぱ速水で遊ぶのは楽しいね〜」

「遊ぶなよ!?」

「じゃあ僕、ちょっとトイレ行ってくるー」

「無視か!? 二度と帰ってくんな!」

 顔の熱が引かないためか、耳まで真っ赤にさせたまま怒る姿は、それを間近で見ている清水ではない"誰か"の心臓を打ち抜いた。


「分かったー」

「ちょっとは嫌がって!」






 それは彼らのやりとりを一部始終、物陰から見ていた人物。

「「いい……」」

 1人は体育倉庫の裏からで、そしてもう1人は非常階段の陰からだった。

 同じ台詞を同じタイミングで呟いた"2人"は、何だと言った感じにお互いの顔を合わせた。

「……」

「……」

「……俺が先に目を付けたんだからな」

「いんや。俺が先です。会長」

 この時から、2人は恋敵となった。





「ここは人目がある。俺の部屋に行くか?(つーかお前の演技キモ!)」

「え。それって……(大根役者の会長に言われたくないね)」

「俺らはもう恋人同士なんだ。それとも今ここでコイツらに見せつけるか?(んだと?)」

「は、恥ずかしいです(やるか?)」

「ゴホンっ」

 2人はコソコソと言い争いをしていたが、それが全て聞こえていたらしい1人の男子生徒が、2人にだけ聞こえるように、実に器用な咳払いをした。

 その咳払いに反応した2人は、周りに悟られないように、視界の中にその生徒の持つ物を入れた。

『折角協力したんだから、もー少し真剣にやってー』

 それは、いわゆるカンニングペーパー。スケッチブックに書かれたそれがなぜ周りにばれないのかは置いておき、良太こと清水良太は、友人の安に惚れた2人にメッセージを送った。

「(やってる! でもな、さっきから寒気しかしねーんだよ!)」

「(マジに勘弁して。ジンマシン出る)」

 両者はまた器用に、清水にだけ聞こえるようにブーイングを伝える。

『ならやめるー?』

 そのブーイングを否定することなく、2人に作戦中止を尋ねた清水。隣にいる安の話に相槌をうちながらの行動に、安さえも気づかない。

「(もちろ)」

「(やめ)」

 今ならまだ間に合う。触れるだけでも悪寒のする、大嫌いな相手と恋人のフリなんてジョーダンじゃない。

 2人は作戦の目的さえも忘れて、即答しようとしたが、


『速水、あんたたちに熱い視線送ってるよー』


 次に来た清水のメッセージで、

「「!」」

 二人の役者魂に、再び灯がともった。


「悟(サトル)!」

「敏文(トシフミ)!」

「「大好きだぁああああーー!!」」

 2人は背後に夕日が見える青春ドラマのように抱き合った。






「単純だなー」

 惚れた相手の視線を浴びる。ただそれだけのことに本気で喜んで、

「〜〜良太っ! オレ今なら萌えパワーで飛べる気がする!」

「窓はあっちだよー」

 食堂の視線という視線を集めている中心の2人と、自分の友人(僕)とが密談を交わしてたのもつゆ知らず、子供のように喜び悶える安。

 そんな3人の間に挟まれた清水は思った。

「さてと。どんなシナリオにしよーかー」

 清水が言ったその言葉は、"生徒会"と"風紀委員"の2人の姿に、悲痛な声を上げていた生徒たちの声にかき消され、誰の耳にも入ることはなかった。



end...
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