BL短編

□おめっとー
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 王道学園、全寮制男子校霧ヶ丘(キリガオカ)学園に、僕、長崎歩(ナガサキアユム)は初等部から通っていた。中等部を卒業して、高等部に上がり、今はその高等部の入学式だった。

 広すぎる体育館のステージの中央には、見慣れた学園長の姿。そして学園長の挨拶も終わり、次に在学生の挨拶が始まる。

『『『『キャァァアアアアア!!!』』』』

 体育館に、歓声とは真逆な奇声が轟いた。僕は事前に耳を塞いでいたものの、これには未だに慣れないなと他人事のように考えた。けれどこんなのに慣れた自分を想像すれば、それも嫌だなと思い直す。




「あのさ、入学式ってこんなに盛り上がるものだっけ!?」

「……そういうものだったらよかったのにねー」

「これがさっき言ってた?」

「うん。それ以上はここで言わないようにねー」

 同じく耳を塞いでいた隣の奴と耳元で大声を出し会話をする。

 その僕の隣にいる奴とは、高等部からの入学生、笹宮奈留(ササミヤナル)。二人部屋である寮の同室者だ。

 黒目黒髪に眼鏡といったゴクゴク普通の僕と同じで、特別顔がいいわけでもないそいつは、頭だけは良かった。でなきゃこのエレベーター式の霧ヶ丘学園の入学試験で合格するはずがないだろう。色素が少し薄いのか、光の加減で茶色に見える奈留の髪は、まるで尻尾のように首の後ろでゴムにより縛られていた。

 この霧ヶ丘学園に来るまでは、寮すらなかった共学の学校に通っていた奈留には、事前に話してはおいたものの、刺激が強すぎたらしい。アイドルを前にした女子高生のようにはしゃぐ同性の奴らを見る目が、死んだ魚のようになっている。

『高等部入学生の皆さん』

 奈留のその顔がなんだか笑えたので、こっそりと携帯でその顔を映していると、歓声とは違う声が体育館に響いた。

 ――……。

 シンと静まり返る生徒達。先程の奇声はどこへやらと消えてしまい、ステージに立つ一人の生徒に皆注目している。

『私は生徒会副会長、桐生正人(キリュウマサト)です。本日は皆さんにお祝いの言葉を贈るのは生徒会長の筈でしたが、都合により、急遽私が務めさせていただくことになりました』

 そんな生徒たちの様子に気にした風もないまま、礼儀正しく話し続ける副会長は、案外大物だよなーと僕は思う。

『ここに会長からの祝辞の言葉を預かっておりますので、読ませていただきます』

 皆が息すらしていないのでは?とも思ってしまうほどの静けさの中、副会長はマイク越しに良く通るテノールで、一言言った。


『"おめっとー"』


 一言、たったの一言を無駄に棒読みで。

 何が嬉しかったのか、どこに嬉しい要素があったのか、体育館はまた歓声と言う名の奇声に支配された。
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