短編
□季節もの
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「まったく。また増えたんじゃないの?」
僕の部屋に入ると同時に、彼女は僕を見ていつもの台詞を呟いた。
「いいじゃん。だって、好きなんだもの」
僕は手元に視線を向けたまま、彼女がやってくる前と同じ体勢のままに返事を返した。
「相変わらずね。あなたって。今は何読んでるの?」
「徒然草」
「……それ、面白い?」
「いや。特には」
「じゃあなんで読んでんの」
ため息をつきながら、小脇に挟んだ紙包みを持ち替えて、僕のベッドに遠慮なく彼女は腰を落ち着けた。
彼女が座った布団は朝起きた状態のまま動かしていないので、整っているとは言い難いが、それに対して彼女は何も言わない。勿論僕も何も言うつもりもない。
「君こそ。今度は何持ってきたの?」
床に寝ころんだ状態のまま、今度は僕の番だと、僕もいつもの台詞を彼女に呟く。
「今日は友達から借りてきたレシピ本。もうすぐバレンタインだから、勉強しようと思って」
「慣れないことはするもんじゃないよー?」
「うるさいわねー。あなたならそう言うと思ってたけどさ」
言葉とは裏腹に、笑いながら言った彼女は紙包みからレシピ本とノートとペンを取り出して、ベッドの上に広げた。
「消しカスはちゃんとほかしてよー」
「ボールペンだから大丈夫」
まるで僕の言うことが分かってたみたいに準備のいい彼女は、いつもは邪魔で折り畳んである机を、ベッドの下から引っ張り出して、手早く組み立てた。
「ねぇ。チョコのお菓子なら何食べたい?」
ノートを広げながら彼女は僕に聞いてきた。
「僕が食べるんじゃないんだから訊かないでよー」
「材料余ったら何か作ってあげようと思ったの」
「うーん。余るってことはないと思うけど?」
「そこまで何度も失敗しないわよ」
「どーだか」
肩をすくめて、ニヤツく僕。何しろ彼女は料理はあまり得意ではない。むしろ苦手な方だ。それを彼女もちゃんと自覚してるらしく、むすっとしながらも本気で言い返してはこない。
「男ってどんなお菓子が好きなの?」
「そりゃー人それぞれさ。まぁ、甘いミルクってのよりも、ビターの何かのがいいんじゃない? 無難に」
「ビターね。それだと……」
彼女がレシピ本と睨み合っている間に、僕は徒然草のにキリのいいところで栞を挟んで、体を起こして本棚に仕舞った。
「お茶煎れるけど、いつもと同じでいいよね?」
返事は返ってこないだろうと思いながらも、一応訊いてみる。
「……」
案の定。予想通りに自分の世界に入ったままのようだ。
彼女がそこまで真剣になる理由を知る僕は、気にせず部屋を後にした。そして廊下で小さく、
「遠距離ってつらいねー」
「うるさいわよ」
閉めようとしたドアの隙間から彼女の声が聞こえて、思わず吹き出しそうになった。
「(相変わらず愛に真っ直ぐ。恋愛小説の主人公みたい)」
でも、自分のことと当てはめてみれば、それほど紙の上の感情も馬鹿にはできない。
「だって僕も、一途な愛を捧げている1人だもんねー」
胸で揺れるペンダント。
瞼(マブタ)に浮かぶ君の笑顔を、
今でも好きでいたいから。
end...
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