short

□堕ちる
1ページ/1ページ





好きです
と言えば

ありがとよい
と応える。


だから、そうじゃなく…
と続ければ

悪いねい
と優しい手が髪を撫でる。


まだ何か言い掛ける私の唇を、彼のそれが塞いだ。









「また泣いてんのか、うちのお姫様は」

「さぁっちぃー…」


ぐすぐすと鼻をすすり、またはぐらかされちゃったと俯く。


「やっぱり、遊ばれてるのかな…」


そう小さく呟く横顔は儚くて、波に攫われてしまいそうだと思った。
いい奴だよ、こいつは。顔も悪くない。なにより一途だ。

…ただ、相手が悪い。


「諦めろよ。つっても、無理か」

肯定も否定も返っては来ない。まあ、わかってはいるんだが。


「…頑張れよ」


と背中を押してやれば、あいつは小さく笑った。






いいように扱いやがって、俺の可愛い妹を。泣かせやがって、

俺の…家族を。




ふつふつと沸き上がる怒りをぶつけるべく、あいつの部屋へと向かいノックもせず勢いよく開けた。



「勝手に開けんなよい」


ベッドに潜り込む奴の下には、あいつじゃない他の女がいた。

こういう奴だと、長い付き合いから知ってはいた。けれど、一途に待ち続けるあいつを思うと、込み上がる怒りを抑えることなど到底出来ない。



「いい加減にしろよ!てめえ、あいつの気持ちわかってんのか…!?」


「…うるさいねい。でてけ。見ての通り取り込み中だ」


俺の事など気にする様子もなく、そのまま再開するマルコ。その場から動こうとしない俺を鬱陶し気に見据え、交ざるかい?と薄く笑ったマルコに頭の中の何かが切れる音がした。






「サッチ…?」


サッチに背中を押され、もう一度マルコ隊長と話をしようと思った。

マルコ隊長の部屋へと向かえば、サッチが彼の部屋の前で突っ立っていた。それはもう、すごい形相で。

つられるようにしてマルコ隊長の部屋を覗き込む。
サッチはやっと私の存在に気が付いたようで、ばっと手を伸ばし私の目を塞ぐ。


けれど、見てしまった。

他の女性を抱く、マルコ隊長の姿を。



「あ、ごめんなさ…」



反射的に口を突いて出た言葉を飲み込もうとすれば、代わりに溢れる涙の粒。



いてもたってもいられなかった。このまま消えてしまえばいいと思った。



突如感じた浮遊感に、ああ、サッチに抱えられているのだと気付いた。



遠くなる開きっぱなしの扉は、内側から伸びる骨張った腕に引き寄せられるようにして閉じた。





堕ちる音


(何かが壊れる音がした)

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ