short
□堕ちる
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好きです
と言えば
ありがとよい
と応える。
だから、そうじゃなく…
と続ければ
悪いねい
と優しい手が髪を撫でる。
まだ何か言い掛ける私の唇を、彼のそれが塞いだ。
「また泣いてんのか、うちのお姫様は」
「さぁっちぃー…」
ぐすぐすと鼻をすすり、またはぐらかされちゃったと俯く。
「やっぱり、遊ばれてるのかな…」
そう小さく呟く横顔は儚くて、波に攫われてしまいそうだと思った。
いい奴だよ、こいつは。顔も悪くない。なにより一途だ。
…ただ、相手が悪い。
「諦めろよ。つっても、無理か」
肯定も否定も返っては来ない。まあ、わかってはいるんだが。
「…頑張れよ」
と背中を押してやれば、あいつは小さく笑った。
いいように扱いやがって、俺の可愛い妹を。泣かせやがって、
俺の…家族を。
ふつふつと沸き上がる怒りをぶつけるべく、あいつの部屋へと向かいノックもせず勢いよく開けた。
「勝手に開けんなよい」
ベッドに潜り込む奴の下には、あいつじゃない他の女がいた。
こういう奴だと、長い付き合いから知ってはいた。けれど、一途に待ち続けるあいつを思うと、込み上がる怒りを抑えることなど到底出来ない。
「いい加減にしろよ!てめえ、あいつの気持ちわかってんのか…!?」
「…うるさいねい。でてけ。見ての通り取り込み中だ」
俺の事など気にする様子もなく、そのまま再開するマルコ。その場から動こうとしない俺を鬱陶し気に見据え、交ざるかい?と薄く笑ったマルコに頭の中の何かが切れる音がした。
「サッチ…?」
サッチに背中を押され、もう一度マルコ隊長と話をしようと思った。
マルコ隊長の部屋へと向かえば、サッチが彼の部屋の前で突っ立っていた。それはもう、すごい形相で。
つられるようにしてマルコ隊長の部屋を覗き込む。
サッチはやっと私の存在に気が付いたようで、ばっと手を伸ばし私の目を塞ぐ。
けれど、見てしまった。
他の女性を抱く、マルコ隊長の姿を。
「あ、ごめんなさ…」
反射的に口を突いて出た言葉を飲み込もうとすれば、代わりに溢れる涙の粒。
いてもたってもいられなかった。このまま消えてしまえばいいと思った。
突如感じた浮遊感に、ああ、サッチに抱えられているのだと気付いた。
遠くなる開きっぱなしの扉は、内側から伸びる骨張った腕に引き寄せられるようにして閉じた。
堕ちる音
(何かが壊れる音がした)